ハリネズミ型思考とキツネ型思考

超予測力 不確実な時代の先を読む10カ条 (早川書房)

「超予測力」という本を読んでる。
これがとても面白い。

「予想力の差は劇的なものではないからわかりにくい。でもそれが積み重なれば、投資を生業にできる勝者と破産を繰り返す負け犬との違いにつながる」とブラウンは言った。
第一章 楽観的な懐疑主義

何千人の一般モニターに未来の出来事を予想してもらう。
北朝鮮は今年中に核兵器を使用するか」「今後八ヶ月以内に新たに何カ国がエボラウイルスの患者を報告するか」「来年ユーロ圏を脱退する国はあるか」などといった数百の質問に回答してもらう。
するとその中に関係者やその道の専門家の予想より、ずば抜けて正解率の高い数パーセントの「超予測者」がいる。

ウォートン校の教授フィリップ・テトロックの長年の研究に基づき、そんな「超予測者」は果たしてどのような考え方をするのか、どのように情報を捉えるのか、などを考察しようという一冊。

読み終わったらシミルボンに寄稿するつもりでいるが、まだまだかかりそう。



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キツネとハリネズミ

フィリップ・テトロックは、情報や知識の多い専門家を集め未来に関する予測をしてもらう実験を行った。
結果を見ると大きく2つのグループに別れたのだという。

一つ目のグループは自らの「思想信条」を中心にものを考える傾向があった。ただ、どのような思想信条が正しいか、正しくないかについて、彼らのあいだに意見の一致はなかった。
(中略)
思想的にはバラバラであったが、モノの考え方が思想本位であるという点において彼らは一致していた。
 複雑な問題をお気に入りの因果関係の雛形に押し込もうとし、それにそぐわないものは関係ない雑音として切り捨てた。煮え切らない回答を毛嫌いし、その分析結果は旗幟鮮明(すぎるほど)で、「そのうえ」「しかも」といった言葉を連発して、自らの主張が正しく他の主張が誤っている理由を並べ立てた。その結果、彼らは自信にあふれ、さまざまな事象について「起こり得ない」「確実」などと言い切る傾向が高かった。自らの結論を固く信じ、予測が明らかに誤っていることがわかっても、なかなか考えを変えようとしなかった。
第3章 予測を評価する

もう一方のグループはもう少し現実的な専門家の集まりで、直面した問題に応じてさまざまな分析ツールを駆使した。できるだけ多くの情報源から、できるだけ多くの情報を集めようとした。モノを考えるときには頭の中のギアを頻繁に切り替えるので、彼らの発言には「しかし」「だが」「とはいえ」「それに対して」といった転換語が目立った。確実性ではなく、可能性や確率に言及した。
第3章 予測を評価する

「キツネがたくさんのことを知っているのに対し、ハリネズミはたった1つ重要なことを知っている」。
(中略)
私はどちらかに味方するつもりはないが、この比喩は私の研究データの本質をとらえているようで気に入った。私は特定の思想信条に固執する専門家を「ハリネズミ」、より折衷的な専門家を「キツネ」と名付けた。
第3章 予測を評価する

文中「キツネ型」「ハリネズミ型」という思考の類型パターンが登場する。
ハリネズミ型というのは自信たっぷりに一つのことを信じ一つの結論を補填するために情報を集め、結論を出す思考の傾向。

キツネ型は疑い深く、見極めるために複数のソースに当り、一つの結論を言い切らず、断定的なことを言わない。

だが確実さを避けるキツネ型はメディアで大成しない。

ふつうの人は不確実性を好まない。
「かもしれない」という表現は、まぎれもなく不確実性の表れだ。ハリネズミの単純明快さと自信は先を読む力に悪影響を及ぼすが、聞き手に安心感を与えるので、彼らのキャリアにはプラスに働く。
キツネ型はメディアではそれほど成功しない。ハリネズミ型ほど自信はなく、何かが「確実」あるいは「不可能」と言うことを避け、「かもしれない」といったぼんやりとした表現を選ぶ傾向がある。
このようにさまざまな視点を組み合わせるのは、テレビ向きではない。
第3章 予測を評価する

「明日は雨が40%降る」というひとと「明日は絶対雨が降る」というひとであれば後者が好まれる。
明日になって雨が降らなくても毎日「明日は絶対雨が降る」と言っていれば後者の予測もいずれ当たる。
発言を毎日見ていればタダのホラ吹きだが、雨の降った前後の発言だけを見れば予想の的中率は100%。
大成するのはたとえ間違っていても断定的に語るハリネズミ型。

ツイッターやブログなどを見ていてもわかるが、断定的に何かを語る人物というのは、その内容の正確性に比例せず、取り巻きがつく。
どれだけ的外れで「ぐへぇ」な人物にもその人の意見を支持する人間が複数存在する。
発言内容に比例せずに発言者を賛辞するからネットではよく「信者」などとも揶揄される。

支持する「信者」はそんな声を拡散し、拡散した声によりさらに「信者」が集まってくる。
ハリネズミ型の人物と唯々諾々と疑いなく声を聞き、囲む信者集団。
信者に囲まれたハリネズミ型思考の人物は、自身の言質により一層自信を持つようになる。
マッキンゼー的思考と違う意見は全てブロックしてしまうのも必然的な流れ。

面白いのだが、ハリネズミ型思考の人物も複数ソースや様々な視点の意見を参照するのは同じ。
しかし多くの情報を参照しても、自分の意見と違うからその意見は重要視しない。
結果的にどれだけ非難されようとどれだけ炎上しようと自分は間違ってないと信じ続ける「謝ったら死ぬ人」が誕生の仕組みが構築される。

結果としてハリネズミ型思考の人物がネットで目立つことになり、その偏った意見は一般には批判を受けつつも一部の人間らに評価され支持されるという構図が出来上がる。

……と、ここで終わればこの記事はハリネズミ型だったろう。

オポチュニストなキツネ

とはいえ人間の複雑な思考がハリネズミ型とキツネ型などの類型に分類できるなどと信じているわけもない。
上記についても本文中、キツネ的な一定の見解を示している。

ただ「世の中には二種類の人間がいる。二種類の人間がいると思う人と、そう思わない人だ」という定番ジョークがあるが、私は後者だ。
「キツネ型とハリネズミ型」というのは二項対立ではなく、なめらかに変化するベクトルの両極である。「専門家の政治予測」では分析をさらに発展させ、「ハイブリッド型」というものを提唱した。「ハリネズミ的キツネ」は多少ハリネズミの極に寄ったキツネであり、「キツネ的ハリネズミ」は多少キツネ的要素を持ったハリネズミである。ただ分類を四つに増やしてみたところで、あらゆる人物の思考スタイルを完全に捉えることはできない。

こんな類型を都合よく信じるなら動物占いを信じていればいい。
もっと山ほど動物が出てくる。

人間の思考は時と場合に応じて変化するのは当然のこと。
キツネ型のハリネズミもいれば、ハリネズミ型のキツネだっている。
他人のことについてはハリネズミ型思考を用い、自分のことについてはキツネ型思考をすることもあるかもしれない。

ただ「予測力」を考える上で予測力の高い人物(精度の高い予測ができる)にはキツネ型思考を行う人が多くみられるのだということは事実としてある。

たとえウケが悪くても慎重なキツネ型思考をもってこの記事を締めたい。