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わかりやすさと正しさは必ずしも比例しない

小ネタ

超予測力:不確実な時代の先を読む10カ条 (ハヤカワ・ノンフィクション)

トランプが勝利したのはアメリカに根付く反知性主義のせいだ、という記事をチラッと見かけて思ったんだが、こういう含意の大きいそれっぽいターム(クリシェ)で縛られて事象を理解したつもりになるのは危険だけれど簡単だからハマりやすいんだろうなぁ、と思った。



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人間はものごとを関連付けて考えるし、関連付けるから理解しやすい。

説明しようとする抑えがたい欲求は、株式市場の取引が終了し、ジャーナリストがコメントする際にも常に観察される。
「ダウ平均は今日、○✕というニュースを受けて95ポイント上昇した」と言った具合に。
しかし調べてみると、そのニュースは相場が上昇した後に発表されたものだったことが明らかになったりする。
そんな最低限のチェックすらめったに行われない。
ジャーナリストが「今日相場が上昇した理由は100個ほど考えられ、そのどれが原因だったのか、あるいはいくつかの組み合わせだったのか、誰にもわからない」などと言うことはまずない。
超予測力:不確実な時代の先を読む10カ条 (ハヤカワ・ノンフィクション)

何かの事象に対して明確な何かの原因や理由を求めるのが人間。
その理由や原因が明確で理解できるもの、理解しやすいものであれば他の理由や原因は必要だとは思わない。

風が吹いたら桶屋がもうかる
講談社 (2013-06-14)
売り上げランキング: 138,619

風が吹いたら桶屋が儲かると昔から言う。
小さい頃に雑学の本で読んだ内容では、

風が吹くと砂煙が舞う。
砂煙が舞うと目の病気が流行る。
目の病気が流行ると盲人が増える。
盲人が増えると三味線が売れる。
三味線が売れると材料として猫が減る。
猫が減るとネズミが増える。
ネズミが増えるから桶屋が儲かる。

こんなふうに書いてあった。
ところでこのドミノ倒しだが、昔から(めんどくさい人格だもので)疑問に思っていて、

「風が吹くと砂煙が舞う」は行政が路を石畳にしていないのが悪いのだから「行政(政府、お上)が手を抜けば」でも通じる。さらには乾燥しているからこそ起きるのだから「日照りが強ければ」とも言えるかもしれない。

「砂煙が舞うと目の病気が流行る」は、医者が少ないことも原因の一つかも知れず、これはどこかで流行り病が起きて町医者が足りないのかもしれない。「どこかで流行病が起これば医者が減り~」あるいは衛生的に問題があるのかも知れず、それは治水などにも原因が求められるかもしれない。やはり「行政(政府、お上)が手を抜けば」でも通じる。

……などとひとつひとつ考えてみると原型のない「風が吹いたら」が出来上がったりする。
原因は一つとは言い切れないし、一つであるとは限らない。
関連付けること自体が間違っているかもしれない。
しかし関連付けて考えることが容易だから普段から簡単に関連付けて情報を処理しようとする。

「稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?」なんて本もあったが、要はそういうキャッチーで容易な関連付けを読むと「長サイフを使えば金持ちになれる」と歪んで捉えてしまう。
実際、本の内容は稼いでいる人たちがお金という概念に対してどう考え向きあっているのかを書いた本なのだが、タイトルの「稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?」が強すぎて内容にまでバイアスを掛けてしまう。
なにせ「稼ぐひとはいったいどのようにお金と向き合っているのか?」より「稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?」の方が明確でわかりやすい。
わかりやすい簡潔であるということは情報において重要ではあるが、正確性には劣る。
そのことを踏まえた上で情報に対し向き合わないとならない。

安易に書かれたまま、何の疑いもなくその情報を信じる、鵜呑みにする。
確証バイアス*1に囚われた自分を客観視することもできない。
一年で本を三百冊読もうが四百冊読もうが自己啓発とマルチ、情報商材関連ばかりでは自分に対して自分で洗脳しているのと何ら変わりがないのにそれが愚かだと理解もできない。
自分が望む情報ばかり、自分が好きな情報ばかりを得るのは容易だし快楽的で安易。
それこそ真に反知性的な行為だろう。

※ただし、この場合の「反知性」というタームは前述のものとは異なる

稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?
サンマーク出版 (2012-07-01)
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*1:自分が信じた情報の整合性を高める情報のみを信じそれ以外を無視する