結婚に恋愛は元々必要ない

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憧れの対象だった恋愛結婚は、いつしか当然のテンプレートとなり、ある種の強迫性を帯びてきた。「好きな者同士が、自由に伴侶を選びあう」はずの恋愛結婚が、「好きな者同士を探さなければならない」ものへと変貌していった。今にして思えば、四半世紀ほど前の若者は、今の若者よりも必死に恋愛して、結婚しようとしていたと思う。彼氏・彼女がいることが正義で、彼氏・彼女がいないことが悪であるかのような雰囲気が漂っていた。90年代のクリスマスの雰囲気などは、まさにそういうものだった。

読んだ。

がいつも思うのだが、クマ先生の記事というのはあくまでも個人の視野を一般化して語ることが多い。
もっと社会学や近代史の本を読んではどうだろう。

少し雑だが以下、幾つかの本から引用してみる。



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恋人たちのクリスマス

若者殺しの時代 (講談社現代新書)

堀井憲一郎「若者殺しの時代」という本にクリスマスに関する章がある。
堀井氏は過去の雑誌を掘り起こしクリスマスというものがどの時代から恋人たちのものになり定着したかを調べた。

「クリスマスを、若者に売れば、もうかる」とおとなたちが気づいたのは80年代に入ってからである。手編みのセーターを作らせている場合ではない、と気づいた連中がいたのだ。そういう連中に見つかって、若者は逃げられなくなってしまった。
(中略)
クリスマスデート記事は1970年代から始まっていた。
1970年アンアン「2人だけのクリスマス」
1972年アンアン「クリスマスに二人で行きたい店」
1974年女性セブン「彼を獲得する今年最後のチャンス。クリスマスイブ愛の演出方法」
1977年ヤングレディ「ふたりのためのイブの絵本」
1977年ノンノ「クリスマスの贈り物、愛する人へ心を込めて」
1979年ヤングレディ「二人きりの車内にキャンドルを灯して……恋を語らう」

男性誌も含めて、1070年代の色んな雑誌をかたっぱしから探して、見つかったクリスマスの記事はこの六つだった。
十年で六つしか無いのだ。

今であれば早ければ10月や11月にはクリスマスの名前が紙面に登場し、12月になればサンタのコスを着たアイドルが表紙を飾るだろうが、1970年代はこんなものだったらしい。
そしてバブルの1980年台クリスマスは経済効果を増し、1990年にピークを迎える。

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ここ数年で、ハロウィンの盛り上がりは異常だが、あれにしろ数十年も経てば若者は「ハロウィンは昔から日本にあって当然の行事」「ハロウィンがなかった頃なんて想像もできない」と思うのかもしれない。

さらに堀井氏の記事から引用する。

こういう記事を読んでいると、1970年代は「若者」というカテゴリーがまだきちんと社会に認められていなかったんだということがわかる。
これは若い女性に向けて書かれてはいるが、「若者」に向けては書かれていない。
彼を酔っ払わせて抱かせてとっとと結婚して社会に落ち着く場所を作りましょう、とすすめているだけだ。
女性は、女性として、社会の役割を担っていきましょう、という話を、恋愛を通じて語っているだけだ。この場合の役割は、専業主婦になるということだけど。
おとなにとって、若い連中とは、社会で落ち着く前に少々あがいているだけの、若いおとなでしかなかったのだ。その後、「若いおとな」とはまったく別個の「若者」という新しいカテゴリーが発見され、「若者」に向けての商品が売られ、「若者」は特権的なエリアであるかのように扱われる。若い、ということに意味を持たせてしまった。
一種のペテンなのだけど、若さの価値が高いような情報を流してしまって、とにかくそこからいろんなものを収奪しようとした。そして収奪は成功する。

1980年代。
世間はバブル景気の最中にあった。

いわゆるトレンディドラマの全盛は1980年代後半から90年。
1986年の「男女7人夏物語」から「東京ラブストーリー」は1991年。
映画「私をスキーに連れてって」が1987年、「彼女が水着にきがえたら」が1989年、「波の数だけ抱きしめて」が1991年。
高度経済成長によって田舎から出稼ぎで都会に出てきた若者が都会で出会い新たな「家族」を形成する1970年代~80年代。徐々に核家族化が進み始める。
1970年代に産まれた子供が成人を迎えるのが1990年代頃。
好景気に沸いた大人らが搾取の矛先として人口の多い「若者」を狙ったのは自然だったろう。

今にして思えば、四半世紀ほど前の若者は、今の若者よりも必死に恋愛して、結婚しようとしていたと思う。彼氏・彼女がいることが正義で、彼氏・彼女がいないことが悪であるかのような雰囲気が漂っていた。90年代のクリスマスの雰囲気などは、まさにそういうものだった。

90年代は80年代の影であり、再生産である。

バブルは崩壊し、もはや現実から目をそむけるのも難しい。
そういう時代、小沢健二は「プラダの靴が欲しいの」と歌った。

小沢健二が80年台に「痛快ウキウキ通り」を歌っていればタダの脳天気なポップソングだった。
しかし日本は先の見えない不景気に突入。

就職氷河期に若者は行き場をなくしていた時代、
岡崎京子が「平坦な戦場」を描いた時代。

人生は無意味だからマジになるのをやめようとか、無理なくまったりと生きようとか、そんな諦念を岡崎は描こうとしなかった。それらはごまかすためのポーズでしかないことを知っていた。「リバーズ・エッジ」ではピースが欠けながらそれでも日常を続けていく選択をそのまま描写した。
一九九五年の岡崎京子、または岡崎京子の九〇年代 - www.jarchve.org

シロクマ先生の感覚が80年代ならよく分かるのだが、90年代か……。

恋愛結婚

もてない男 ――恋愛論を超えて (ちくま新書)

でも、バブルがはじけて、就職氷河期があって、恋愛結婚についていけない人が続出して、それからも長い時間が経って。どうやら下の世代は恋愛の呪縛から少しずつ解放されてきたようにみえる。
 
 恋愛したい人はすればいい。けれども、したくない人はしなくて良い。
 結婚したい人はすればいい。けれども、したくない人はしなくて良い。

さて、恋愛結婚である。

恋愛の先に結婚があることはおかしい、とのことだが実にアタリマエのことというか何を今さらとしか感じないのだが。
ここでは小谷野敦もてない男」から引用してみる。
政治学者の神島二郎の訃報に触れて

恋愛結婚こそが現代人のすべき正しい結婚だ、みたいな考え方が、大正時代の厨川白村の『近代の恋愛観』で説かれ、大きな影響を若者に与えたことを指して神島は、おかげで見合い結婚をするものはいわれなき劣等感に悩まされるようになってしまった、として白村を非難した。

つまり「恋愛結婚なんて」、という話は大正時代の、明治時代に自由恋愛という概念が日本に輸入され、お見合い結婚を駆逐しつつある社会においても言われていたことだったといえる。
そもそも「愛」という概念自体がキリスト教的な欧米文化のもとで産まれた宗教的な「愛」であったし、結婚に愛は必ずしも必要なかった。

西洋でも夫婦のあいだに「愛」があるということになったのはそんなに古いことではない。英国で十八世紀に始まった友愛結婚あたりがそのはしりではあるまいか。結婚の基礎には愛がなければならない、とスウェーデンのエレン・ケイが主張したのは今世紀の初めだが、要するにそのころまでには西洋でも結婚と恋愛は別だったのである。

恋愛と結婚は別のものであり、愛という概念も恋愛というものも輸入品。
見合い結婚の時代に結婚に「愛」は必要なかったといえる。
今で言う「愛」とかつての夫婦のあいだにあった愛のような概念は別のものだったろう。

落語の国からのぞいてみれば (講談社現代新書)

落語の国からのぞいてみれば (講談社現代新書)

以下は「若者殺しの時代」堀井憲一郎の「落語の国から覗いてみれば」から一部引用。江戸時代の結婚について。

見合いは江戸の昔から始まってるとはいえ、そのころの主流ではない。江戸の昔には、見合いも恋愛もない。とにかく結婚するばかりである。
社会的な強制としてどんどん結婚させられていた。動物として子供が作れる年齢になるとすぐに結婚させられた。

個人、や自由意志といった概念も実に近代的なものだが現代においてはあまり疑問視されない。
個人で当然、意思があって当然、自由も当然。
このあたりの話は、養老氏の著作から引用したいところだが、話がそれるのでやめておこう。


恋愛の果てに結婚があるという概念が現在のように定着したのは1980年代。
若者に向けて商品を売りつけるために大人が仕組んだ仕掛けであり、その呪縛は確かに切れようとしている。
しかしその切っ掛けは果たしてなんだろうか。

通過儀礼として、かつて元服というものがあった。

しかし現代においては明確な通過儀礼は存在しない。
強いてあげるとするなら就職であり結婚が若者が大人として社会に参画する目安として捉えられている。
しかし不景気によって就職も結婚もハードルが上がった。
すると通過儀礼として恋愛結婚の前段となる交際こそが、仮の通過儀礼として浮上したという事も考えられるかもしれない。あくまでも私見ではあるが。


現代の恋愛観、というか生活観はある種、前の震災の影響を考えないわけにはいかないと思う。
技術革新は行き止まりに来ており、物質文明はピークであり、日本はマンパワーに欠け、少子化は止まることなく、二流国三流国になりつつある。
「ニッポンの未来は世界が羨む」国ではなくなり、しかも目の前で自分が信じてきた現実が、夢見た家も、幸せも一度の地震で全て消えかねない。

だったら果たして何を求め何をすることが存在する理由なのだろう。

最近のミニマリストと名乗るひとびとに見られるフリーライド前提の短絡的な回帰志向は、震災による価値観が崩壊したことによる揺り戻しにも思える

今は景気が悪いというわけではない。
しかしこれほど先が見えない時代もなかなかない。


ところで結婚という仕組み自体はどんな社会にも存在する。
もちろん共同体が子供を育てるコミュニティも存在するが、多くの文明には「結婚」が存在する。
日本に婚姻はあってもブラジルにないということはない。
結婚という仕組みがセルフィッシュジーンのつぶやく「産めよ増やせよ地に満ちよ」という命令に対して効率的な仕組みだからかもしれない。
だとすれば結婚は生物としてのレゾンデートルに従った仕組みなんだろう。
しかし恋愛もしたくない結婚もめんどくさい子供もいらないという現代の人類は、もはや遺伝子の声が聞こえない生物に進化したのかもしれない。
まぁ、未婚の自分が書くのもなんだが。

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