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引用と炎上と互助会とWELQと

クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本

WELQから発した燎原の火は瞬く間に燃え広がり、ネットメディアの王道テンプレートと化していたキュレーションメディアを焼き尽くしている。

そんな中、ブログの書き手に身近な話題「引用」を考えてみる。
いくら素人のブログであっても引用を行うには引用要件を満たさないといけない。
今回は、ブログとはてなっぽい小ネタ。



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引用の難しさ

blog7120.hatenablog.com
たとえばこちらのブログでは12/10に発売したばかりの「2017年このマンガがすごい」のランキングを公開している。

[1]引用する資料等は既に公表されているものであること、[2]「公正な慣行」に合致すること、[3]報道、批評、研究などのための「正当な範囲内」であること、[4]引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であること、[5]カギ括弧などにより「引用部分」が明確になっていること、[6]引用を行う必然性があること、[7]出所の明示が必要なこと(複製以外はその慣行があるとき)(第48条)の要件を満たすことが必要です(第32条第1項)
著作権なるほど質問箱

引用要件で言うなら引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確でない。
さらに地の文が少なくランキングがほとんど。

これでは引用部が「主」、地の文が「従」で真反対。
出所さえ示していれば何を書き出しても、どんな引用のやり方をしてもいいというわけじゃあない。

konomanga.jp
公式では今回のランキング1位を発表している。
公式ですら1位しか発表していないのにこちらのページでは何の許可も得ずランキングの全てを無断転載。

ランキング本の要はランキング。
それをまるまる書き出す行為を「引用」と呼んでいいのか?

ネタバレ注意?
いや、それ以上にいろいろと問題が多すぎ。

では、そんな記事を読んでいる人間が誰かそのことを指摘してるか?
コメント欄では誰もそんなこと気にしてない。
b.hatena.ne.jp

一例として適当にひとつ取り上げるが、

罪悪感倫理観がないサイコパスの歯止めをかける人や組織がなかったのが真の原因で、この人ひとりの責任にしちゃいけない/製薬企業のサイトに出す情報はかなり精査されるんですが同じレベルのことできるかなあ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/311649810/comment/Harnoncourt

WELQの記事には厳しいコメントをつけるのにマンガランク記事なら

ファイアパンチはないと思う。
http://b.hatena.ne.jp/entry/311708844/comment/Harnoncourt

そこじゃねぇよ。

サイコパスの歯止めをかける人や組織以前に、そんな記事を読んで問題があると感じ指摘しなった読者多すぎることが問題なんだよ。

引用もマトモにできてないような記事を読んで「これはダメだろ」と言える読者がまずいないと問題にならない。
このコメントに限らず公明正大に叩いている話題には批判できても、日常行われている「ダメな書き手」には気づかない。

ダメなまとめ、ダメなブログ、ダメなキュレーションメディア。
そういうものはスルーしてるのにWELQが燃えた途端に「引用を~」「検索アルゴリズムが~」だのなんだの。
単なる脊髄反射しかできない読み手、読み手、読み手。

悪いことは悪い

相互ブクマはてなブロガーリスト(旧名:はてな互助会メンバーリスト)
先日も互助会があーだこーだの話題になってた。

互助会は面白くない記事をブクマするだとか、インタレストランキングを乱すとか。
もうそんなのはとっくに終わってる。

いわゆる互助会系と呼ばれるコメントがクズいのは、別に面白くないものをブクマしてるとか、面白くないとか、社交辞令だとか、そんなことではなく「悪いことを悪いと言わない」ことが一番の問題なんだろうと現状を見ればわかる。
ネガコメをしないことが正しく正義だ」と考える浅薄で歪んだ思想が感染してる。
ネガティブさは悪だなんてどこで出来た新興宗教だ???キモちが悪い。

ネガコメは悪だ=批判的なことは書かない=書き手の技量や感覚が是正されない

こういう生ぬるさがアホな書き手を量産する環境を生み出す。
アホをアホと言わない。
間違いを間違いと言わない。
そういう人間が何人かまとまって読者登録しあい、コミュニティを形成して「生ぬるいやさしさの圏域」ができあがる。

そこから飛び出た書き手が、突然多くの衆目に晒されれば燃えて当然。
なにせアホなのにアホだといえる読み手が読者にいない。
何を書いても褒めてくれる読者ばかり。
そんなブログの書き手がどうやって自分を省みるのか。
優しく暖かく、学習せず成長しないが増長する。

だから炎上のコメント欄では、初期は生ぬるいコメントのあとに辛辣なコメントが並ぶ。
身近な人間は間違いを指摘しない、ダメなことをだめと言わない。
しかし身近でない第三者からすればアホはアホだしバカはバカだし間違いは間違いでしかなく、だから燃える。
燃えた本人は炎上させる連中が悪いとのたまうが、一番悪いのは間違っていることを間違っていると言わず賞賛し目立たせるアホな読者じゃないのかね。
互助会かなんだか知らないが中身もないアホなコメントばかり並べ立てて炎上の火種をせっせと作ってるのが自分らだと気づかないのなら、それが一番のアホ。

これを理解しない議論をあーだこーだ先日やってて呆れてスルーしてたが。
人気があるだなんだ、そんなこたぁはどーーでもいい。


発売したての本、コミックの内容を勝手に書き出し要約し「感想」と題して書き出すブログもよく見かける。
こちらにも今後は規制が入るかもしれない。
引用ではなく翻訳権・翻案権の侵害になるが。

Q.最新のベストセラー小説のあらすじを書いて、ホームページに掲載することは、著作権者に断りなく行えますか。

A.どの程度のあらすじかによります。
 ダイジェスト(要約)のようにそれを読めば作品のあらましが分かるというようなものは、著作権者の二次的著作物を創作する権利(翻案権、第27条)が働くので、要約の作成について著作権者の了解が必要です。また、作成された要約をホームページに掲載し送信する行為(複製、公衆送信)も元の作品の著作権者の二次的著作物を利用する権利(第28条)が働くので、要約の作成と同時に当該著作権者の了解を得ておく必要があります。
著作権なるほど質問箱

Wikipediaを書き換えて記事にしてるアホも見かけたが、誰もそれを指摘しないコメント欄は実に気持ち悪い。
もしかしたら気づいていないのかもしれないが気づいていないのだとすればそれも気持ち悪い。

著作権なんて普段生きていればまず考えることはない。
しかし何かを作り出したり、書いたりしてそれを広める(公開)するのであれば意識せざるを得ない。
読み手は著作権を必ずしも意識しない。問題は作り手、書き手になってもそんな意識のまま書き手になってしまうことでもある。

簡単で難しいブログの書きかた

ブログは簡単に始められる。
ただしそれは自分が自分の言葉を書く時の話。
単なる日記は「簡単」
しかし他者の著作物や記事を載せたりする行為はそれとは異なる。引用先さえ書いておけばオッケー。書き換えてしまえばオッケー。そんなわけがない。

簡単に始められるブログでも日記以外のことをするなら途端に難しく知識も慎重さも必要になってくる。その区分を理解していないまま日記の延長線上でブログを書くから平然と簡単に著作権を無視してしまう。

簡単に儲けられる、簡単に稼げる。
簡単に注目をあつめるために本の中身を書き出し、或いは人気のコミックの中身を要約し書き出す。
Googleのロゴが歴史上の人物になれば、その人物のウィキペディアを調べその中身を書き換えて記事にする。

そんなことをやっていながらWELQを笑えるのか。
ブログを書くのに著作権の本を読みもしないのか。
誰も教えてくれない。
義務教育じゃない。

逆に感心するわ。

18歳の著作権入門 (ちくまプリマー新書)
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