電子書籍はミニマリストではなくメタボリスト向けの媒体

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読書が最近趣味になったそうで、小学生くらいから図書館の怪人二十面相読みまくり、ブックオフに買取してもらったら20万超えて、現在まで紙の本も電子書籍も書い続け積みつつけてる自分的には「あぁ、そうですか」くらいのものなんですが。
読書なんて胸を張れるものでもない。



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読書ってすごいねとか読書って素晴らしいねって言われても結局何を読むかにもよるんだろうが所詮趣味でしかないし、そりゃあ人生に影響受けたりもすることだってあるだろうがそれは映画でも漫画でもスポーツでも影響を受けるときは受けるように人間ってのはできてて別に読書だけがスペシャリティではないし、読書だけを高尚に捉えることこそ書き手の言う通り薄っぺらい。

読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫)

読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫)

ところでミニマリストを自称するひとの多くがMBAを持ってたり、電子書籍を使って「いやー、電子書籍ミニマリスト向きですわ〜」とか書いてるのをよく見かける気がするんだが、ミニマリストってのは単に物理的に整理されればそれでミニマルライフだと言うのだろうか?
そもそも身の回りにあるものを整理することによってモノから解放され、生活や精神をシンプルにして生きようと言うのがミニマリストの思想のはずで、電子書籍のデータに縛られミニマリストの思想に縛られるのは全くミニマルな生き方とは思えない。
ミニマリストは、同じような内容のミニマリストの本を何冊も読むミニマリスト無駄あるある。「でも電子書籍だから全然ミニマルなんですよー!」っていやいや、それ生活自体は全くミニマルになってないし、だったら本を買って読んだっていい。
逆に電子データが積もっても物理空間に影響しない電子書籍と言うのは自分のような旧世代的メタボリスト向けのガジェットであって、Kindleセールで何冊買って積読してもメタリズムの「所有欲」は擬似的に満たされ、にも関わらず生活空間は一切変わらないこの素晴らしさ。
それが「電子書籍ってミニマリスト向きですねー」などと言われてしまうと違和感ありありだが、ミニマリストと名乗る人の多くは「ミニマリストとは一体なんであるのか?」と言うことを深くは考えず、本に書かれた通りの事柄だけを素直に受け取り、単に上辺のスタイルを継承しているだけなのでそのあたりを考えないのもミニマリストあるある。
と、新しく買ったヘッドホンで菊地成孔「南米のエリザベステイラー」聴きながら書いてるんですが、ヘッドホンに関してはまた後日改めて。
まぁ、ひとつ言えるのは「読書って素晴らしい」って過去に数兆回は言われたであろう感想は、データ媒体が増えた現代においては必ずしも当てはまらず結局のところ媒体ではなくデータそれ自体によるとしか言いようがないというオチでこの記事が終わるのはどうでしょうか。

南米のエリザベス・テイラー

南米のエリザベス・テイラー