カンニング竹山のすべらず切ない話を笑う意味

カンニングの恋愛中毒~竹山&まえけん「おっさん二人の恋物語」編~ [DVD]

ninicosachico.hatenablog.com
ポリコネポリコネ。
ポリティカルコレクトネスを盾にすればどんな意見も許されるのかねぇ……。

ポリコネ話なんて普段触れないんだが、今回はお笑いが絡んでる上にあまりにひどいので。



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なんかそもそも前提からして間違えてる気がするんですが、マエケンが竹山を好きだってのは生前から山ほど行ってた定番話なんですよ。この話を竹山がし始めたときに「あー、そーいえば言ってたなー」って思ったくらいなんで。
なので

ものすごく悲しかったですよ、親友が亡くなっちゃって。で、香典出してご焼香してたらその気丈なお父さんが急に『う“ぅぐうぅー』って泣きだしたんですよ。で、僕の手をこうグワーと掴んで『竹山くん!竹山くん!!』って。

周りの方たちも気丈なお父さんが急に泣き出したから『えっ?』ってなってたら、お父さんが
『竹山くん!竹山くんっ!!健はね…竹山くんのことを愛してたんだよお!!!』(ここで会場大笑い)」

松本「話変わってきたね」 

千原Jr「親公認だったん(笑)」

竹山「いや、知らねぇし。周りの人も『ええっ?』って…(会場の笑い続き)

で、それはおそらく「マエケンの俺への好意はネタではなくマジの領域の愛であり、それを葬儀の席でその父親から超本気で明かされた状況」だと思うんです。

いやだから、親友って自分で書いてるし、しかも竹山も周囲の芸人もほぼ全員がマエケンを直接知ってるわけですよ。
超本気で明かされたどころか、どちらかといえば「竹山や芸人仲間も含め多くのひとが知ってたのに、それを知らなかったお父さんが死後に知ってしまった」が正しい。

上に画像も貼りましたが、一緒にデートする番組すらやってる。
別にマエケンが竹山を好きなのが冗談とも思ってない。
ネタじゃなく本気ってのも本人が言ってたっけ……。

つまりこの「マエケンが竹山さんを本域で愛していた事が、亡くなったからこそ父親によって明かされた」っていう話は、「男同士でしかもおっさん同士で恋とかウケるwww」っていう発想が無い私にとって、「すべらない話(笑える話)」のカテゴリーではなくて、ラベル付けするなら「切ない話」なんです。

凄まじく勘違いだらけ。

そもそも「切なさ」なんて、故人を直接知らないこの記事を書いた管理人以上に(生前のマエケンすらあまり知らなさそうだが)番組の出演者はみんな面識もあるし話したこともあるし酒を飲んだり遊んだりもしてたろうし、よほど切ない。

竹山を好きだったってこともほとんど全員知ってる。
今さら「マエケンが竹山を好きだとわかった」から笑ったわけじゃない。


元記事の番組書き起こしから引用するが

で、僕の手をこうグワーと掴んで『竹山くん!竹山くん!!』って。

周りの方たちも気丈なお父さんが急に泣き出したから『えっ?』ってなってたら、お父さんが『竹山くん!竹山くんっ!!健はね…竹山くんのことを愛してたんだよお!!!』(ここで会場大笑い)」

松本「話変わってきたね」 

千原Jr「親公認だったん(笑)」

笑いのポイントは性的嗜好ではなく、葬式におけるお父さんのオーバーすぎる行為の部分。
竹山も意識してここで声のボリュームを上げてオーバーに演じてた。

そもそも竹山は異性がどうこう以前に既婚者。
既婚者の竹山に対して「故人が本気で好きだった」とお父さんが迫ってくれば、否定するのも悪い。
しかし認めるのもそれはそれでマズい。

宮川大輔の話した、ほっしゃんの話のほうがよほど笑えなかった……。

だから、この話が笑える人っていうのは、もしかしたら「男同士の恋愛が滑稽に見える感覚の人」なのかなと思いました。バラエティでよくある男同士のキスシーンに素直に「あはは、男同士でキスしてんの、ウケるww」って思う人。

そんなことを考えもせず面白かったですが。
もし上記の引用が是だとすればLGBTをテーマにした映画観るたびに大爆笑しなきゃならない。

差別を批判するつもりで逆差別。
管理人は「この話はポリコネ的にアウトだ」という思い込みがジャマをし観ているものすら歪めた。
典型的な確証バイアス。
こういう勝手な思い込みと決めつけこそが偏見を生み出す温床なんだが、自覚がないらしい。



故人との関係を知らないのは構わないが、笑いのポイントすら勘違いした上で、誰ひとり得しない「正しさ」を持ち出し、わざわざ「笑えなかった」と書くのはどういうことなのか理解に苦しむ。
故人の意思というならあの現場の、竹山本人が一番わかってる。
それを笑いで昇華することが故人への供養になると思うから話したんだろう。

正しい、正しい。
誰も守らない、誰も得をしない。
故人への愛情も、友人の感情も、全てを正しさで否定してしまう勝手な思い込みが作り上げる愛のない「正しさ」。

性的マイノリティへのポリティカルコレクトネスな正しさというのは差別や偏見に対して向けられるもの。
こうやって個人的に、故人に向けられた愛情や尊厳を否定するために使われるべきではない。
果たして、こうやって受け取ることを芸人だった故人が喜ぶと???

なんか他の方の感想ツイート読んでたら「両者とも芸人だから笑いに変えることで報われる」っていう意見も見て、それも一理あるのかなとは思うんですが、そうだとしたら若い綺麗めな女芸人が亡くなって、まったく同じことが起きて、竹山さんが芸人として笑い話にして披露した場合、見た人はマエケンさんの話と同じテンションで笑って、「芸人だから笑い話にされて報われるね」ってならないとおかしいと思うんですよ。

そりゃあ笑い話になる。

なにせ相手のお父さんががっつり本気で迫ってくるところが面白いんだから。
既婚者の竹山相手に真剣な顔で言われたら竹山も「いやぁ……」てことになる。

このエピソードで笑ってもいい人って、竹山さん本人とごく親しい周辺の人だけだったんじゃないかって思うんですよ。だからこれを流したテレビも、それをそのまま笑うって感覚も、ちょっと自分とは違う、信じられないと思いました。

芸人にとっての「笑い」は観客がいるところで笑いにしてこそ昇華される。
竹山はだからあえて、あの場であのエピソードを持ち出したんだろう。
よくわからない俳優やアナウンサーがいない、生前の故人を知る芸人ばかりの場所だからこそ。
この切ないエピソードを、竹山さん本人とごく親しい周辺の人でもない管理人が勘違いした上で、ここまでポリコネで無茶苦茶にして、芸人としての故人の尊厳をも傷つける記事を書く感覚は信じられない。


こんな話題、誰も得しない……。
マエケンは死ぬのが早すぎた。
竹山は故人のことを想って話したし、周囲もマエケンの死を笑いに変えることの意味をわかっている切なくて暖かい現場だったのに。
残念ながらテレビは視聴者を選べない。

で、あなたのその正しさは誰を喜ばせ誰を幸せにして誰を守るためにあるのか?