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「龍の歯医者」の読み方

gyu56.hatenablog.com
こちらを読んでいて、ふと思いついたのでメモ代わりに。

龍という存在が、戦場にあっても圧倒的で、地上を這う兵士を睥睨しながら空を舞う。
あの存在は一体何の具象化か?と考えたときに暗喩として、日米に置き換えると少し面白い視点になることに気づく。
つまり、

龍→米国
歯医者→日本

龍に守られた歯医者のいるところまでは、弾が飛んでこない。
口の中から見る地上の戦争はテレビの向こうの戦争と重なっても見える。



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“生と死”を描いたアニメは、ほかにもたくさんありますよね。しかし「龍の歯医者」で描きたかったのは、“死”は世代に関係なく誰にでも起こるということ。異なる世代のキャラクターを出すことで“年齢に関係なくおとずれる死”を表現したかったという意図もありました。
(中略)
劇中で描かれるのは死ですが、直接死のことと考えなくても感じられることのように思うんです。たとえば、ほぼすべての高校球児は地方大会を勝ち抜いて甲子園に行きたいはずですが、実際には、彼らのほとんどは甲子園までたどり着けませんし、そのことを半ば受け入れている球児もいると思うんです。いずれ負けるとわかっていても、それでも彼らは野球をやめません。それは、野球そのものが楽しいからだと思うんですよね。

「龍の歯医者」の世界も、それに近いのかもしれません。死ぬ瞬間がわかっているからといって、すべてを諦めて立ち止まるのではなく「その瞬間までは生きられる」「生きることを楽しもう」と思うことが大事なのかなと。それこそ“生に立ち向かう”ことであり、そこをうまく表現したいと考えていました。

スタッフに対しても「生と死の話だと重くなってしまうから、部活動の話だと思ってくれ」と伝えていました(笑)。野ノ子たちの感覚を理解しようと自分なりに解釈したとき、この考え方がもっともしっくりきたんです。
鶴巻監督、独占取材! 龍の歯医者で描く死生観とは?♢龍の歯医者 |NHK_PR|NHKオンライン

そして、虫歯の暗喩をどう読むかでかなり風景が変わる。
たとえば、虫歯によって龍が力を失うのだからこれはアメリカの大統領なのだ、と読むとあの虫歯菌はトランプにも見える。
白い歯を国会と見て、歯医者は国会議員。そして歯を破壊しようとするのが、アうわなにするやめ

あるいは、白くそそり立つ龍の歯を原発と読んで、その虫歯菌の発生をメルトダ(ry
……嗚呼、失礼しました。


龍の歯医者 告知スポット

戦場を荒れ狂う腸のような虫歯菌は、戦場の殺意の暗喩とも、あるいは因果とも読める。天に唾を吐けば自分に返るように、殺意を向ければ殺意が返る。

マクロなテーマではなくもっとミクロに、「君と僕」にパーソナライズすれば個人的なサイジングにもできる。

龍とは自我であり、龍から見える戦争は自己の外の世界であるという読み方。
脳の中の世界は、外と繋がっていながらも断絶していて、軍人は外との世界を繋ぐパイプ役。
無数の思い(虫歯菌)を生みだしては消し去り、それで生きるのが人生。


しかしやがて死ぬ。
何があろうと、誰かに望まれていても絶対に死ぬ。
メメントモリな生き方をする龍の歯医者。
過去の死を忘れられない女。
自分の死も受け入れなければならない生き方。

龍は生と死の境と読むこともできる。
龍の歯は戦場(生、現実)と死をつなぐ三途の川。
etc……。


どう読んでもそれなりに成立する。
とはいえ、日本は龍のような形状だから、素直にそう読むのがいいのかも知れない。
だとすれば、歯医者はやはり、日本人の暗喩としか。

舞城らしい死生観が詰まった一作になっていて、前後編でかなり駆け足だったが。
こうやってらこじつけて勝手に考えるのもなかなか面白い。
誰か、感想はいいから、本気で考察してくれないだろうか(他人任せ)。

前編・天狗虫編

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