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かっちりオムライスの逆襲

小ネタ 日常

孤独のグルメ 【新装版】

どうにも揺り戻しが来ている気がする。
地震の話ではなく、文化的な揺り戻し。
高尚なことではなく、要は「おしゃれすぎたことに対しての回帰」といえばいいか。



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リーマンパスタ

たとえば最近リーマンパスタが話題になったりするのを見る。

アルデンテではなく、ゆでて一晩寝かせたパスタをウインナーの輪切りやピーマンなどを具材にケチャップで炒めたナポリタンとか。
酢豚も黒酢ではなくケチャップの真っ赤なカラーリングに黄色く酸っぱいパイナップルの入ったものだったり、カレーにしろ、インドカレーではなく、スプーンをコップの水に突っ込んで出てくるような(それはさすがに見ないが)ボートに別添えではなくライスにぶっかけたカレーライスであったり。
ホットケーキではなく、いつからパンケーキと呼ぶようになったのか。
ホットもパンも似たようなものに感じるが(諸説ある分類はさておき)。

オムライス

そしてオムライス。
トロトロ卵ではなくしっかりと焼かれた薄焼き卵にくるまれたオムライス。

タンポポ<Blu-ray>

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いわゆるとろとろオムライスが話題になったのは1985年の映画「たんぽぽ」に登場した たんぽぽオムライスだろうか。
劇中、ホームレスがオムレツをライスに乗せ、それがふわりとほどけてふんわりとした卵がライスを包み込むシーンはとても印象的だった。

80年代半ばは、ちょうどバブル景気の始まりと重なる*1
バブル以降、不景気の最中にトロトロふんわり系オムライスの侵攻は拡大の一途を遂げ、カッチリ系オムライスは後退を余儀なくされた。ケチャップではなくデミグラスソースが勢力をさらに塗り替え、昭和の風景はジリ貧になりつつあった。

不景気の最中のオムライスの広がりは「高級なグルメは味わえないから、せめてオシャレ風なディテールだけでも」という嗜好にも思えてならない。

しかしここまでオシャレ路線で来た文化が原点回帰しようとしている流れは一体なんだろうか。

串カツ田中や昭和食堂などレトロな雰囲気だったり、単価の安さが好まれ、しかし以前のような安かろう悪かろうではなく、安くてもそれなりの質を求める客の声に合わせたラインナップを展開する居酒屋が盛り上がる。
見た目より中身、コスパが大事。

ほろ酔い酒場

吉田類の「今宵、ほろ酔い酒場で」が今年の夏劇場公開されるのもタイミング的に合致しすぎている。
料理マンガも美味しんぼのように高級素材に関してのうんちくを楽しむ作品から「甘々と稲妻」のような親子で料理するほんわか系マンガや「孤独のグルメ」のような誰しもが入りやすい敷居の低い店を舞台にしたマンガが好まれるようになった。
ファンタジーが舞台の「ダンジョン飯」やゲテモノ系「桐谷さん ちょっそれ食うんすか!?」のような飛び道具系のグルメ漫画はさておき、少なくともひと昔前にあったような「高級素材にこだわった料理を作れば美味いのだ」という理論武装が、マンガの根拠として弱くなったのかもしれない。
「めしにしましょう」にも見られる「メシ」という原点への回帰。

いい素材がどうとかヘルシーな料理法がどうとか見た目があーだこーだではなく、気取らず、そして身体に悪いものは美味いという真理。
これを「新橋グルメ」としてみよう。

新橋と青山

ある種、現実において、オシャレで意識の高いサードウェーブコーヒーや高級ハンバーガー、コールドプレスジュース、ヘルシー系スムージー、チョップドサラダや見せるサンドイッチなど。
最近のインスタ映えすることにプライオリティがある「奥渋谷グルメ」とヘルシーさより美味さと手軽さで原点回帰嗜好にある「新橋グルメ」


少し話はそれるが、ファッションにおいては、バブルの時代に盛り上がったいわゆるブランド志向から、不況を経て揺り戻した先がノームコアという極端な振れ幅だったのもまだ記憶に新しい。
ここにもうんちくのある「恵比寿・青山」嗜好から気取らない「新橋」への揺り戻しが見える。

今はハイブランドとファストブランドを合わせて着るのもよく見る光景。
レザーのライダースに、ジャージを合わせたりする着こなしも珍しくない。
数年前からのMA-1(トップガン)、スタジャン(80’アメリカ映画)やスイングトップ(おっさんのゴルフウェア)も一周回ってすっかりおしゃれアイテムになってしまった。
(ただシルエットは細身にアップデートされてるが)
今の若者の感性では、伊勢丹としまむらが両立しうる。


一時期オシャレな「恵比寿・青山」「奥渋谷」文化に押された「新橋」の要素が揺り戻しを起こし、あるいは山手線を一周回った末に両極端なこれらが共存しつつあるのが現状だと捉えればなんだかしっくり来る。
バブル時代の呪いから脱したのかもしれないが。
物質、資本至上主義的価値観からの乖離。

ユーザーのボリュームゾーンの加齢に伴い嗜好もまた変化した、と考えるのも自然かもしれないが。

どう思います??

*1:伊丹十三「マルサの女」は87、88年