虚構で現実を歪める「ファイアパンチ」という異形の物語

僕は物語が展開される中で、ジャンルが変わるというか、読者が事前に予想していた展開からまったく別の方向へ進んでいくマンガを作りたいと思っているんです。映画なら「ゴーン・ガール」、アニメでいうと「魔法少女まどか☆マギカ」「がっこうぐらし!」「ハイスクール・フリート」なんかがそうですかね。それが成功しているのかはわからないですけど、どれも話題になっているじゃないですか。話題を作るうえで、そういう試みは必要だなと思って。「ファイアパンチ」は今後3回か4回、ジャンルが変わります。
「ファイアパンチ」藤本タツキインタビュー (2/3) - コミックナタリー 特集・インタビュー

作者 佐藤タツキの発言通り、マンガ「ファイアパンチ」は、まったく先の読めない展開を続けている。

ゴーン・ガール (字幕版)

ゴーン・ガール (字幕版)

インタビューであげている映画「ゴーンガール」でも妻の失踪事件だったはずの物語が、途中で大きく構図を変え、「魔法少女まどかマギカ」も単純な魔法少女vs魔女の構図があっという間に姿を変えた。

個人的に"今読むべきマンガ"一位の「ファイアパンチ」
現時点までの一貫したテーマついて。

※以下に、ネタバレはあります



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虚構と現実の相克

物語に一貫する「虚構と現実の相克」

このテーマを前提に物語を捉えると、そこにはいくつもの反復が見える。

トガタ

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まず回復能力を持つ祝福者トガタ。

トガタが愛するのは映画。
これは、まさに現実(リアル)をフィルムに焼き付けた虚構(フィクション)。

雪に覆われる以前、在りし日を扱ったいくつもの前文明が残したフィルムには、過去の時代の、今は失われた、素晴らしきノスタルジアが焼き付けられている。

しかしトガタは、既存の映画を見尽くした。
そこで単に映画を観るのではなく、自分で撮りたいと思い始める。

見るだけの映画は虚構だが、撮影は現実を虚構に変換し置き換える行動。
虚構としてカメラに収めるためのストーリーを組み立て、現実を変容させる。
これがドキュメンタリーならやらせの方法だが、トガタが撮りたいのは、あくまでもフィクションであり、「アグニの復讐物語」というストーリーを成立させるため現実を捻じ曲げようとする。

トガタにとっては映画という虚構こそが優先すべき世界であって、都合の悪い現実は映画に追従すべきだと考えているように見える。

アグニ

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悲しき主人公アグニ。

生きながら焼かれ続けると考えただけでぞっとするが、その上腕を切り落とすわ頭を切られるわ、銃で撃たれるわ、食われるわ。

──そもそも「ファイアパンチ」は、どういった着想からスタートしたのでしょう。
「アンパンマン」からヒントを得ました。
(中略)

──どういったところが?
自分の顔を分け与えて食べさせる部分が、あまり海外にはない発想みたいで。その話が面白くて、「アンパンマン」を軸に話を作ってみようと思ったんです。そこから飢餓にあえぐ村で、自分の肉を村人に分け与えるっていう設定が生まれて。
「ファイアパンチ」藤本タツキインタビュー (1/3) - コミックナタリー 特集・インタビュー

原作者インタビューで
「着想はアンパンマンから」
と語ってるが、カニバリズムに走る主人公らがアンパンマンをベースにしているのは、いったいどんな悪夢のディストピアなんだろうか、と。

祝福者アグニは、再生能力を使い自分の肉を人に与える。
これはキリストの聖体拝領をイメージさせるが、その通りアグニは神になる。
ちなみにアグニとはインドの神話で火の神を指す。

そしてアグニは妹ルナの復讐という虚構に執着している。
しかしその復讐相手であるドマは、アグニが思い描き求める虚構の理想的な悪ではない。
ここにも虚構と現実の相克がある。

そしてトガタは、そんなアグニを使い映画のストーリーを描こうとする。
現実の復讐譚をベースに、映画としてのエンタメ的な盛り上がりを持たせなければならない。
そのためにアグニの、現実を変質させる。トガタに言われセリフを覚えようとするがアグニの復讐は現実の復讐。なのにセリフは虚構というズレ。

ここで面白いのは、トガタが撮りたいのは単なる「現実を現実として納めた」ドキュメンタリーではなく、現実をベースに手を加えたセミフィクションのようなものだというところだろう。
映画のために現実を変更するから、プライオリティは虚構にある。

そもそもアグニは生きながら焼かれ続けている。
地獄の業火に焼かれてるのと同じ。
アグニは死にながら生きている。
つまり死と現実の狭間……ここにも相克がある(生と死のどちらが虚構でどちらが現実なのかはさておき)。

さらにその復讐の対象はアグニが望むような悪人ではなかった。これでは困る。
だから悪人であって欲しいし悪人だということにしなければならない。
ここでもアグニの信じる復讐の対象(虚構)と現実の齟齬が問題となる。

サン

サンはアグニに命を救われ、アグニを信奉する信者になる。
もはや人と呼ぶには難しいアグニを崇めるサンはアグニに「神」という虚構を見ている。

アグニは、結果的に信仰を集め、アグニの火を囲み人が集まり始める。
信仰は集団で見る虚構であり、現実が単なる福音者であっても現実は虚構の神に追従すべきものとして不問に付される。

氷の魔女

そして氷の魔女とその世界。

氷の魔女は虚構であり世界を凍らせたのは別の要因だ、ということでここにも現実と虚構があったはずだが、ここへきて氷の魔女が実在し登場した。

とはいえこれも虚構であって、実際は先時代の人間であるという(ただ、ここでは仮に「氷の魔女」とするが)。
ここで「自分と同じ顔をしているから」ユダを先時代の人間と呼ぶ氷の魔女。

だとすれば先時代の人間は氷の魔女とユダ、そしてユダと同じ顔をしたアグニの妹ルナという三人になる。
しかも先時代の人間が「同じ顔、同じ髪の色」を持つのだとすれば、それは人間というよりはクローンか何かに近い存在。

そして氷の魔女の目的もまた「映画」という虚構にあった。

文明を一度完全に崩壊させ、そこから自分の意図通りに再建することで映画の続きを作らせる。
これも虚構に対して現実の方を合わせるために歪める。

虚構が主で現実が従の関係。
虚構と現実の相克。

ファイアパンチ

こうして一つしかない現実を、各人が自分の虚構に歪めようと、事件が動いて行くからこそ、ファイアパンチは独特な物語になっているんじゃないだろうかと思えるのだがどうだろうか?。

作者によればまだ新たな展開があるのだそうだが……またそのときいずれこの続きを。

ファイアパンチ 4 (ジャンプコミックスDIGITAL)

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