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日本映画がダメな以前の幾つかの問題

works-movie.hatenablog.com

少し気になったので、自分の意見を織り交ぜつつ、その主な4つの理由の是非を考察してみようと思う。

また、海外との比較を中心にして話そう。

他の人の意見もぜひ聞いてみたいな。

ということですので、映画は門外漢ですが少々。
ズブの素人の、ただの私見ですが、ご参考にしていただければ。



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【目次】

 
 

社会風刺

まず大きな理由として、日本においてはセンセーショナルな話題が貧しいということ。

例えば海外、特に映画大国のアメリカを例に挙げると、題材にしやすいものがたくさんある。
(中略)
果たして日本の場合はどうだろう?

茂木健一郎の「日本のお笑いは風刺をしないからオワコン」を連想した。
たしかにアメリカは社会問題を扱いやすそうではある。
だが、これには疑問がある。

日本でも社会問題をテーマにした作品は間違いなくある。
ただどれもバジェットが小さいが。

ここ数年で思いつくだけでも塚本晋也「野火」、
児童虐待を扱った呉美保「きみはいい子」。
「彼らが本気で編むときは」ではセクシャルマイノリティがテーマ。
etcetc…。

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年間に何本もそういう映画はある。
ただテーマがしっかりとある作品があっても、ほとんど短館上映で終る。

だから「日本の映画にはテーマがない」「話題が貧しい」というより「作られても一部にしか知られずに終わる」傾向が強い。
「この世界の片隅に」のように当初63館で上映するはずだった作品がSNSで話題になって上映範囲が広がるなんて稀有な例。

いい映画だから上映館が増える、多いとは限らない。
そもそも「いい映画」と一概に言っても、それは誰にとっての「いい」なのか。
映画会社にとって、

いい映画=儲かる映画

であり、観客にとっては

いい映画=泣ける感動する映画

でしかない。

だから泣ける、感動できる、共感できる。
それが多くのひとの「いい映画」の条件。

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少なくともセンセーショナルな話題を映画に求めているのはマジョリティ。
今の時代に「コミック雑誌なんていらない」みたいな尖った映画を作っても、大ヒットはしないと思うが。

「映画で社会風刺を描くべきだ」というより「社会風刺や重いテーマを扱った映画をもっと大きなバジェットで撮るべきだ」もしくは「重いテーマを扱った映画をもっとみんな観に行くべきだ」がこの場合正しそうに見えるのだがどうだろう?

俳優の演技力

演劇入門 (講談社現代新書)

その中にはすごくいい演技やそのカリスマ性で魅了する方もいらっしゃるだろうが、その中に元々役者志望で、何年もちゃんと演技を学んだ、というような方はどれほどいるのだろうか。

それが日本映画をつまらないものにしているというのは短絡的だろうが、ただ長い目で見れば日本の映画界の衰退につながる理由と言えないこともないだろう

個人的には「演技の勉強をした役者だからすごいんだ」は、あまり信じていない。

たとえばガス・ヴァン・サント「エレファント」のように脚本も与えず、素人をそのまま撮影することで逆に魅力を引き出すような映画もある。
アッバス・キアロスタミやチェン・カイコーの作品に出てくる素人は、とても素直でいい味を出して映画に深みを与える。
シティ・オブ・ゴッドは名作だが、あの映画に出てる人間のほとんどは素人。
舞台経験なんて一切ない。


City of God trailer

単に演技力というなら、日本だって広瀬すずや満島ひかりの演技力は、かなりのモノ。
あの人らは天然で、女優なので*1
菅田将暉、坂口健太郎あたりもなかなか。


演出家 平田オリザ「演劇入門」から以下引用。
オリザ氏が起用する俳優の条件は三つ。

一つは、コンテクストを自在に広げられる俳優
もう一つは、私に近いコンテクストを持っている俳優
そして最後に、非常に不思議なコンテクストを持っている俳優

俳優は、他人が書いた言葉を自分のものであるかのように話す職業。
だから言葉(セリフ)に含まれるズレを調整する必要がある。
俳優は、微妙なコンテクスト(文脈、文化的背景や意味)のズレを調整し、押し広げ、求められる役に近づけ、観客を説得する能力が必要になる、という。

それが演技の上手・下手の境目。
だがそれもある程度は、演出次第とも言える。


もちろん舞台俳優の方が演技は上手い。
舞台は生もので、観客と同じ空間で演じるからごまかしがきかない。
そういうハードな現場だからこそ、コンテクスト調整の感覚について体得が早いともいえるかもしれない。

だがカメラの前でその瞬間を切り取り演じるのも、それはそれで技術が必要。
しかも主演となればその個人が数十分の間カメラの前で何かしらの役を演じることになる。
舞台経験がなく銀幕デビューした昭和の大スターなんて山ほどいた。

だから、どちらかといえば演技力うんぬんよりも役者がヘタだと感じさせるような編集や演出しかできない演出家に問題があるとしか思えない。
押井守がアニメを好きなのは画面がコントーラブルだからだともいう。
アニメは映り込む草木石ころひとつまでコントロールできる。

アニメーションの絵コンテには、カットごとのイメージや意図があるはずなんです。
(中略)
アニメーションの場合は、撮れば写るわけではなく、最初から描かなくてはなりませんから。描くという行為には労力が要ります。
それを要求する以上は、何らかのイメージをもってもらいたいんです。
Methods―押井守「パトレイバー2」演出ノート

演出とは、演技指導して、単に映るものを撮るだけじゃない。
何を映し何を映さないのか、どの演技を採用するかしないか。
画面のさまざまな要素をコントロールするのが監督の役割。
だから「あの女優の演技力ガー」と言われてしまうのは、監督のコントロールが機能してないから起きる。


事務所のゴリ押しで主演する役者がヘタな作品はたしかにあるが、そういう映画は脚本だってそういう月並みクオリティ。
なので、それはそれでいいんじゃないだろうか。
脚本がずば抜けて素晴らしく、監督もメチャクチャいいのに、役者だけ全然ダメ、なんてまずない。


それに観客の審劇眼も、そんなに精密じゃない。
「演技力」なんて自分が説得されるかどうかでしかない相対的なクオリア。
わかりやすいキャラクターに感情移入ばかりして、ろくに物語も読めず、感情や意味をセリフとして言語化しなければ理解しない観客が、演技を語る。

観客の言う「演技力」と「リアリティ」はあんまり信用してない。 
どちらにしろ、それらは観客を納得させられない監督に最終的な責任がある。
観客は、少しでも違和感を感じれば「世界観が―」「演技が―」というのだから。
  
 

製作費

八岐之大蛇の逆襲 [DVD]

もちろん製作費はあるに越したことはない。

しかし韓国映画には「アジョシ」のように製作費が3.5億円でも大ヒットを飛ばすような作品や「釜山行き(邦題:新感染ファイナルエクスプレス)」のように製作費が10.6億で世界的に大ヒットを飛ばし続けている作品もある。
製作費が潤沢=名作が生まれる、でもない。
矢口史靖は「裸足のピクニック」「ひみつの花園」というスーパー低予算作品で評価され、いまや日本を代表する監督の一人。 

ひみつの花園
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この頃の西田尚美が良かったなぁ……。

山下監督と山田孝之によるモキュメンタリー「山田孝之のカンヌ映画祭」でも、資金集めの苦労はかなりの時間を割いて描かれていた。
どの会社も回収できない映画に金を出すつもりはない。
そもそも映画業界自体が斜陽産業で、シンゴジラのような作品が毎年何本も出てくるのであれば問題もないが、現実的ではない。
 
 
だが今や、映画のクラウドファンディングもある。
クラウドファンディング - MotionGallery (モーションギャラリー)
昔、仲間由紀恵とオダジョーで出資を募ったSHINOBIの反省を……うっ、頭が割れそうだ……。

こうやって伏魔殿を生きる海千山千のプロデューサーに頼らなくても、配給会社の資金回収など大人の事情をスルーして映画撮影にこぎつける手段も、今なら存在する。
そもそも「この世界の片隅に」のアニメ化もクラウドファンディング発の企画。
現代の方が、昔より映画製作の門戸は広がってると言えるかもしれない。



自主製作映画を出品し、まずは実績を作った上でないとお金なんてびた一文集まらない時代もあった。
竹下パフォーマンス懐かしすぎる……。
80年代、ダイコンフィルムが「ヤマタノオロチ」作っていたころ……。
 

日本映画がダメだと思う私見

極道恐怖大劇場 牛頭GOZU [DVD]

元の記事に挙がってなかったが邦画がダメな原因の一つは間違いなく

三池崇史と堤幸彦に撮らせすぎ問題

だろう。

「神の舌を持つ男」のドラマがスベったにも関わらずあれを止める英断が松竹にできず、シンゴジラとテラフォーマーズが同じ製作費って時点でいろいろ今の映画会社は痴れてる。
そんな経緯にも拘らずジョジョも無限の住人も撮らせちゃう。
三池は「新・仁義の墓場」みたいなキレッキレ極道作品や「デッド・オア・アライブ」「極道恐怖大劇場 牛頭」みたいなバカ極道映画の名監督。
そっち方面の作品を撮ってほしい……。
堤幸彦と岩井俊二は、深夜ドラマに復帰すれば平和。

新・仁義の墓場
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さらに日本映画のクオリティが上がる前に、観客もそういった作品を評価する土壌が必要じゃないだろうか。
ララランドやレリゴーみたいなハッピーハッピーでビッグバジェットな映画ばかり100点満点で評価して大ヒットするから、作り手や企業もそういう作品に傾倒するのは当然。
いい映画かどうか以前に、よほど話題にならなければ客が観に行かない、観ないんだから。
作品のクオリティ以前の問題。

「ラ・ラ・ランド」が100点なのはわかったが、他の映画は一体何点なんだろう?
今の日本でナ・ホンジンみたいな監督が「チェイサー」や「哀しき獣」並の作品を撮って、果たして興行的に成功するんだろうか。
 
 「日本の観客は話題の大小に関わらず、単なる娯楽として終わらない映画を評価する」

そんな市場があればクオリティを重視して映画に金も流れるかもしれない。
そんなパラダイムシフトは、まず無理だが。


以上、映画素人による雑な私見でした。
一旦、スタジオにお返しします。

*1:満島ひかりは蜷川幸雄の舞台にも上がってるが