ゴミ記事に関しての雑感のゴミ記事

真剣でないならブログを書くなとか初心者はゴミ記事でもいいから更新しろとか、とりあえずそういう歪んだ指摘はさておき、最近なかなかブログが書けないのは、こういう漠然とした雑感記事や、何の根拠もないブログ論が書けないということではなくて、書きたいことをそれなりにまとめたり、調べたりする時間がないということであって、誰にとってどんな記事が「ゴミ記事」になるのかの基準があるのかどうなのかさておき(言い出している書き手に記事に対しての評価基準に関する疑問はないだろう)、少なくとも、こういう考えたことをつらつら書くような記事なら毎日でも書ける。



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だが、こんな記事ばかりでは書いている方も飽き飽きだし、それこそ「ゴミ記事」と呼ばれても仕方ない。

記事がゴミかどうかは、書き手ではなく、読み手が読んでそれをゴミと思うかどうかによるとしか言いようもないが、とはいえ読み手の目線で言うなら、片手間で書いた面白い記事と、本気で書いたつまらない記事なら圧倒的に前者が求められるわけであって、本気で書いていようが内容に比例するわけでもなく、書き手のスタンスと記事の内容は関係がない。
実際、「ブログは本気で書け!」みたいな記事はどう読んでも(個人的には)片手間で書けるゴミ記事なのだが、仮に(まずありえないが)あれを本気で書いているとして、自分が書いているものがゴミ記事かどうかの自覚はないのかもしれない。
ただ可燃性の判断力だけはあるので、始末は悪いが。

ブログネタがないときにはあれを書けとかこれを書けとか言う記事をたまに読むが、どれもあまり参考ならないのは、そういった記事が単純に穴埋めのための記事のノウハウでしかないからであり、書くことがなく、穴埋めでペラペラの記事を書くくらいなら更新を休んだ方がよほどマシだと感じたりもする。

だがこう言う考え方は、マネタイズのためのブログが主流の考え方からは外れた思考で、お金儲けには不向きかもしれないので別に勧めたりもしない。

無理やり更新をしてもいずれ潰れるのがオチ。
マイペースに更新している方が長続きするイメージはある。
あくまでも観測範囲かもしれないが、無理に更新をあくせくしているブログもやがて更新が止まったりやめたりしているのを見かけるたびに思うだけ。
まぁ、太く短く、短期間で稼ぎたいのかもしれない。
長距離ランナーは孤独だが、疲れたなら休んでもいいと思うのだが。時間制限があるわけでもなし。


ケンリュウ「紙の動物園」を読み終わった。
文庫版は7編しか収録されていないので、これで記事を書くか、それとも来月残り7編が出てから書くか少し考えている。
どちらにしろ大して読まれることもないようなゴミ記事扱いだろうが、書き手としては、そんな泡沫ブログの瑣末な記事であっても、それなりに考えて工夫して書いているとだけここに書いておきたい。

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)