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メタメタしたアニメ「Re:CREATORS」を考える


TVアニメ「Re:CREATORS(レクリエイターズ)」第1弾PV

いわゆるメタメタした「フィクションから登場人物が現実に飛び出してくる」話かと思ったらそれだけでもないらしい
さすが「アルドノア・ゼロ」あおきえい作品というか。
一筋縄では行きそうにない。



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メタフィクション

ざっくりあらすじを書くと
「ファンタジーアニメ世界の主人公が現実世界に飛び出してくる話」

もちろんメタフィクションな作品というのは少なからず存在する。
ウッディ・アレンだって「カイロの紫のバラ」では映画から主人公が飛び出し、映画の中の物語が中断してしまう、なんてシュールなことをやってた。

この作品がそれだけで終わらないのが、幾つもの違う作品から現実世界にキャラクターが登場するところになる。
最初はファンタジー系のキャラクター二人だったが、次に魔法少女が現れ、さらにはバトル系のラスボスが登場。
今後はサイバーパンクもの、SFロボ系作品からも来るらしい。

ベクトルの違う「ドリフターズ」複数世界の「FATE/ZERO」とでも言うか。

ドリフターズ(1) (ヤングキングコミックス)

ドリフターズ(1) (ヤングキングコミックス)

パラダイム

ファンタジー世界の剣士セレジアと魔法使いメテオラに関しては、似たファンタジー(セレジアは、ルーンマスカーや聖刻の雰囲気もあるが))世界観のキャラだけにそれほどの違和感がない。

現実世界は、当然それらのフィクション世界とパラダイムが異なるのは当然。
なにせフィクション世界においてのパラダイムとは現実世界の情報を恣意的に(都合よく)絞りこんだもの。
情報量は、圧倒的に少ない。

戦闘で街を破壊しようが誰かが死のうが、描かれなければないのと同じ。
描かれる、語られる情報のみが世界を創造している。

しかし現実世界で戦闘してビルを破壊すれば誰かが直すことになるし、その費用の負担や労働が発生する。
フィクションと現実の差異と言ってしまえばそれまでだが、今作ではそんなフィクションとノンフィクション(厳密にはメタフィクションとフィクション)の関係性が重要になる。

そんなファンタジー世界で生きる二人のキャラクターの前に作中作品「マジカルスレイヤーまみか」魔法少女 煌樹まみかが登場。
このプリキュア系というかセーラームーン系というか、まぁ、まどマギ初期なんですが、こういうキャラは微妙にパラダイム(世界観)が違う。
基本的に敵を殺すのではなく浄化するような、小さなお友だちが観てもご両親が安心して観られる構成になってる。
つまり死生観が異なる。

キャラが登場するときは、当然ながらその作品世界のコンテクストやパラダイムを背負ったまま登場する。
だからファンタジー世界で剣で斬り合い殺しあう世界から来たセレジアらと、日曜朝のまみかの価値観は大きく異なる。

まみかの世界の方が現実世界との親和性は高いが、戦うこと、結果として死ぬことに対しての捉え方が根本的に異なる。
その差異が2話目の最後で現れた。

誤解したまままみかは二人と戦闘に突入。
しかし殺す覚悟のある剣士と、浄化するために戦う魔法少女。

さらに乱入したのは、修羅の剣士。
誰を殺すこともいとわない極悪キャラ。
はてさて、どうなるやら。

メタメタ

いわゆる「俺TSUEE」系とは(メタレベルの認知ベクトルも)反対にフィクションが現実を侵食していく。
能力はチートでも、認識はチートどころか、レイヤーは一層低い。

作者に対して、作品世界についての訂正をキャラが求めるなんて、まるで筒井康隆や平井和正の書作やメタミステリの某作を連想させるが、戦術レベルのロボアニメ「アルドノアゼロ」の監督あおきえいだけに、このまま素直な展開で終わるとも思えない。

とはいえデュエマのようにキャラクターが監督と戦い、作品を乗っ取るところまではさすがに行かないだろうし(銀魂もそうだが、そう言った趣向はギャグだからこそ成立するので)、メタメタフィクション(キャラクターが、自分たちがレクリエイターズというアニメの作中や作中作のキャラクターであることを認識する。例:ゲゲゲの鬼太郎「言霊使いの罠」)までやると、広げた風呂敷が畳めなさそうなのでメタ展開は適度にしておいていただくとして。

よくあるスパロボ的展開以外にどんな風に歪んでいくのか、今シーズンの中でも、かなり注目していい作品。
これだけメタメタしている意味がどこまで生きるのか。

セレジアが単なるファンタジーじゃなくてロボット系ファンタジーというところがポイントになりそうな。
現実世界にロボットが出てくると、さすがに枝葉末節色々難しそうですが。