カテゴライズの是非

もののあはれ (ケン・リュウ短篇傑作集2)

今、ケン・リュウの第一短編集を分冊にした「もののあはれ」を読んでる。
分冊の1冊目「紙の動物園」と比較して「ものの~」はSF的な設定が強め。
どの短編もとてもクオリティが高く、ケン・リュウが現代SFの中でも注目すべき作家だというのがよくわかる。

ただ「紙の動物園」だけならSF作家というよりファンタジーや幻想小説で通るものも多い。
だから厳密には「トータルとしてSFが多いがファンタジーもある。高度に発達した云々」という微妙なジャンルになるのかもしれない。

というかジャンルなんて正直どうでもいい。
面白ければいいんだが、世の中にはジャンル警察がうようよしていて、めんどくさい面がある。
そういう話が以下。



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トリップホップ

カテゴライズのカオスたるラノベをあーだこーだいうと不可視の天狗が飛んでくるので置いとくとして、例えばトリップホップという音楽ジャンルを例として挙げる。

トリップ・ホップ (Trip Hop) は、音楽のジャンル。ヒップホップから影響を受け発展した音楽で、イギリスのブリストルが発祥地と言われる音楽であることから、ブリストル・サウンド(Bristol sound)とも呼ばれる。
(中略)
あくまでも、音楽雑誌がカテゴライズするために付けた名称であり、トリップホップの先駆者として知られるマッシヴ・アタック、ポーティスヘッドといったミュージシャンたちは、自分たちの音楽をトリップホップと呼ばれることに疑問を抱いたり、嫌悪を表明したりしている。

トリップ・ホップ - Wikipedia

このジャンルを指す語は当事者からは受け入れられなかった。
結局のところこういったジャンルは、単に「雑誌が読者に対してわかりやすくするために勝手に作った概念」でしかないのがよくわかる。
※ちなみにこのブログでは「ブリストルサウンド」と呼称することが多い

音楽をやっている当事者からすれば自分たちのやっていることがカテゴライズされること自体に違和感を感じるのも当然と思える。
音楽という、感覚的なジャンルにおいて何かしらのカテゴライズを行うから矛盾を孕むのが当然、音楽という膨大な音の連なりは一つの言葉では収まりきらない。


「厳密に音をカテゴライズしよう。」
そうやってカンブリア大爆発のようにサブカテゴリーがむやみに増えたのがヘヴィメタルに乱立するサブジャンル。
ヘヴィメタル - Wikipedia
スピードメタル、ドゥームメタル、ネオクラシカルメタル、パワーメタル……。

ジャンルを作っても溢れ、作っても溢れ、微妙に当てはまらないからとまた新しいサブジャンルを作る。
結果としてサブジャンルは乱立し、重複するジャンルをいくつも持つバンドが登場することで余計カオスに拍車がかかる。本来、分かりやすくするはずのジャンルに厳密さを求めれば、サブジャンルがメタボリックに増えるしかない。

シューゲイザー警察

Damage & Joy

以前、ジーザス・アンド・メリーチェインに関して「シューゲイザーだ」と書いたら「ジザメリをシューゲイザーに入れるな」というコメントがあった。

確かに厳密にいうならジザメリはシューゲイザー黎明期のバンドであり、厳密にはシューゲイザーの嚆矢。
これは「○○以降と呼ぶ時にそれを含めるか否か」という話でもある。

もともと「シューゲイザー」というカテゴライズ自体、雑誌NMEがそれらの音楽を呼ぶ時に勝手につけた名称であって、それら以外の音が音的に似ていたとしても、歴史的経緯にこだわる(つまり○○という雑誌が起源でそこでカテゴライズされていないのだから~という捉え方)のであればシューゲイザーではなく
「シューゲイザー黎明期の、シューゲイザーに大きな影響を与えた」
ということになるだろう。

しかしレコードショップに行けばジザメリはシューゲイザーの棚に並んでいて、シューゲイザーと呼ばれるバンドと同じ試聴機に置いてある。
興味のない人からすれば「どれがシューゲイザーでどれがシューゲイザーではないか」の区別が果たしてつくのか疑問ではある。

↑こちらはシューゲイザーと呼んでも許され↓こちらをシューゲイザーと呼ぶと「違う」と言いだす輩が召喚される。

ライドやマイブラはシューゲイザーだが、ジザメリはシューゲイザーではない、なんて音だけを聞いて区別がつく人がどれだけいるのか。
音に区別がないならシューゲイザーとは「歴史」を指すのか?

有毒カテゴライズ

私見だが、ジャンルやカテゴライズというのは単なるタグつけでしかない。

もちろん中には厳密に適用されるべきものもあるだろうが、少なくとも音楽や文芸作品のように感覚や抽象概念を指す場合、ジャンルを厳密にしすぎるのは思考を狭めてしまう結果しか生まない。

もちろんカテゴライズは便利なので使いやすい。
だが、それは主にコミュニケーションツールとしてのワードであり、本質や可能性を狭めるのであれば有害でしかない。
「○○だから○○でなければならない」というのは実に馬鹿馬鹿しい。

カテゴリーはあくまで追従するもの。
カテゴリー、ジャンルに縛られるのは本末転倒。

ましてやロックに代表されるような音楽は、そんなカテゴライズを否定し、そこから自由になることすることも「ロック」という自由な音楽の命題のひとつでもあると思うのだが、聞き手が
「○○は○○ジャンルじゃない」
なんて捉え方をするのは、どうなのだろう??

もうその聴き方がロックじゃあない。
シューゲイザー云々語る以前の問題じゃないのか。

「ロックは嫌い」「ラップだから嫌い」「アイドルは嫌い」
「○○とは○○でなければならない」

決めつけ、好きになり嫌うのは楽な生き方。
だが、結局は自分の見識や知識を狭めるような残念な効果しかない。
何事も決めつけず、受け入れ、それで判断するのがまずありきだと思うのだが。


と、以上のようにわかった上ですが、何か?

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