命を食べるとはどういうことか?NETFLIX「オクジャ」

「殺人の追憶」「グエムル 漢江の怪物」の監督ポン・ジュノが、動画配信サービスのNetflixと手を組み撮影した今作。
劇場公開とNetflixの配信を同時に行う方針のため、映画界から強い反発をくらい話題にもなった。

一言で言うならリアル版トトロ&Meat is Murder*1



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オクジャ

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Okja/オクジャ | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト

近未来。
食糧難を救うため、多国籍企業ミランドグループは新たに発見されたスーパーピッグを世界26カ国の26の農家に与えた。
最も大きなスーパーピッグを育てた農家がコンペに勝ち、賞金と栄誉を得ることができる。

韓国の山奥、ミジャとその祖父に育てられたスーパーピッグ オクジャは他の国のスーパーピッグより遥かに大きく育った。
ある時、ミランドグループの判定員が訪れ、ミジャの元からオクジャを連れ去ろうとする……。

モラトリアムの豚

まず連想させるのが、先刻も挙げた「となりのトトロ」などジブリ作品的な世界観。

木が鬱蒼と生い茂る山の中で巨大なオクジャと少女が昼寝してる、なんて既視感がたっぷり。
お子さまにも安心して見せられますね☆
ちなみにスーパーピッグ・パレードのシーンは押井守「イノセンス」をイメージしたそう。

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悪意のある人間が出てこないのも、モラトリアムを思わせるひと昔前のアニメのような世界観。
入れ歯のティルダ・スウィントン演じる食肉会社の社長も、単なる利益追求のために悪どいことをしまくってるわけではなく、遺伝子組み換えで巨大化させた豚を「自然種だ」と言ってる程度には悪いが、そもそも食料不足が前提としてあるのだし、世界征服を目論んだりしてるわけではなく、人も死なない。
ただ、家畜は死ぬ。

人は死なず、悪意もなく。
ただ家畜は死に、人は肉を食う。

ひとが肉を食うことに悪意はない。

家族の欠落

「オクジャ」の肉食に関しては色々なところで語られていると思うので、あまり触れられていない部分を。

オクジャは遺伝子組み換えで産まれたスーバーピッグ。
両親はいない。

そしてミジャも両親がおらず、祖父に育てられている。
祖父と孫ミジャ、そこにオクジャが加わることで家族を補填している。
欠けたパーツを埋めるためのオクジャという存在。

だからこそミジャにとってオクジャは単なる家畜ではなく家族の一員。


一方、巨大企業ミランドグループを経営するナンシーとミランダ姉妹は、サイコパスとも呼ばれた父親の影に怯え育って来た。
その上、姉妹の仲も冷えている。
こちらにも両親は既にない。

対比的な、種族を超えた家族と、血縁でありながら嫌いあう家族。

ミジャからすれば、オクジャは家族であり友だちであり、
ミランダらからすれば、オクジャはビジネスであり単なる家畜。
家族の欠落を埋めるのは愛情ではないし、コミュニケーションもない。
妹は姉が苦手で、姉は妹を馬鹿にしている。

コミュニケーション・ブレイクダウン

動物愛護テロ団体はスキーマスクで顔を隠して危ない雰囲気。
なのに、無理やりトラックを止める前に運転席に「シートベルトして!」と注意したり「危害は加えないから」と本当に危害を加えず相手を無力化して逃げる。

動物愛護が行きすぎて極力モノを食べないようにしてる動物愛護テロ団体。
その割に歴史と戒律にはめちゃくちゃ厳しく、急にキレるのでみんな引く。

みんな基本的にはいい人だが、コミュニケーションが不足してる。
ナンシー/ミランダ姉妹も愛護団体も。

だがミジャとオクジャは豚と人間にも関わらず、相互にコミュニケーションが成立している。
だからこそお互いを必要としている。

翻訳の重要性が出てくるが、旧約聖書のバベルの塔の一節にあるように、言葉が伝わらなくなった途端にコミュニケーションが失われ人と人とは争いを始めた。
言葉が通じなければ、意思の疎通がなければ残酷なこともできる。
翻訳は大事。

どんな危機的状況も非常事態もコミュニケーションによって解決できることもある。
それが最後によく分かる。

いのちのたべかた

死なない、悪意のないモラトリアムな甘い世界観で展開しつつ、CGとはいえ、途中までトトロのバッタもんみたいだったスーバーピッグが、屠殺場では脳天に杭打ち銃で一撃され、死体が工場ラインに流され、吊るされ、電ノコで切られる。
屠殺も正面から思いっきり描かれ、パッケージとなり食肉加工され出荷されて行く。

生物の命を奪い、肉片になり、パッケージされ、食卓に並ぶまでの過程は日常で省略されている。
以前に「いのちの食べ方」という映画があったが、同じように「果たして食べるということはどういう行為なのか?」を改めて思い知らされる。

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「どんな風に動物が屠殺されるか知ってるのか?」
と歌ったのはモリッシーだが、まさに動物がどんな風に解体され、どうやって食肉になるかを描いて見せてる。

「刺身がそのまま泳いでると思ってた」なんて子供がいた話もあるが、この映画を見たらさてどう思うのだろう。

ハリウッドのスタジオが二の足を踏んだのも理解できる。
理解できる一方で、この映画を監督の意図した通り残酷なシーンもそのまま支持したNetflixの方に、よほど未来があるように感じる。

ただ監督のインタビューにもあるがこの映画での主張は、アンチ食肉文化やベジタリアンでマクロビな話ではなく、人的に加工したような家畜や肉食と動物虐待に対してのアンチテーゼなのだそうで。
その辺を誤解して受け取ると風景が変わってしまう。

確かに面白いし考えせられるが、これがパルムドールを獲ったか?といえば疑問符が並ぶ。
問題提起として、それほど目新しさはない。
もし普通の映画として上映されていたらここまで話題になったろうか。

japanese.yonhapnews.co.kr

「オクジャ」の上映が始まると、Netflixの作品がコンペティション部門に進出したことに抗議する一部の観客が騒ぎ、開始から8分で一時上映が中断。8分後に再開した。
(中略)
 作品に対する評価は分かれ、「斬新だ」と評価する声がある一方、「多少退屈だ」との意見もあり、一部の観客が上映途中に退席する姿も見られた。

カンヌの映画関係者らに受け入れられずニュースになったことで「果たして映画とは何か?」と話題性を持った「オクジャ」は、カンヌの賞なんかより希少な話題性を手に入れたとも言えるかもしれない。
少なくとも今後の「映画というコンテンツが今後生き残るための方策」の試金石となった一作として歴史に残る。


たとえ残酷であれ、自分たちが口にしているものがどのようにして殺され、加工され、パッケージされるのかを考え食べるのか、それとも残酷な現実から目を背け何も知らずに食べるのか。

さすがポン・ジュノ。
NETFLIXに加入してるなら迷わず観ていい。

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*1:英バンド ザ・スミスのアルバムタイトル