ファンだけが歌うのは、誰の幸せのため?

togetter.com
ロックバンド スピッツのライブで、一部のファンがアニバーサリーのサプライズとして「お祝いとしてファンからライブ中に歌のプレゼントをしよう!」とか言い出したらしい。
なんかフラッシュモブとか好きそうだなぁ……(偏見)。

別にライブで歌うなとかそんなことはお門違いであって、たとえばオアシスとかウィーザーとか観客にシンガソングを促すミュージシャンもいる。
レッツシンガソーン♫
ファンがライブの中で歌うこと自体は否定しない。



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誰のために歌うのか

だがスピッツの歌テロみたいなのって、要は誰のために歌ってんのか考えれば自明の理。
ライブでミュージシャンが歌うのは観客のために歌うのだし、観客はミュージシャンに促されて歌う。
促されてないのに一人で無関係に歌ったら邪魔なだけ。
たまに声のでかいやつが合唱してたりするがかなりウザい。

ところが今回は自主的にサプライズで、勝手に観客同士で、しかも複数人で合わせて歌おうとしてる。

別にスピッツは望んでない。
運営も望んでない。
無関係な観客も望んでない。

じゃあ誰が望んでるのかといえば歌ってる本人らだけなんですよ、この図式。
お祝いのくせに望んでるのも嬉しいのも企画した観客らだけ。
運営からすればそんなイレギュラーは望んでないし、他の観客も邪魔。当のメンバーからすれば歌ってくれればありがとうと言わざるを得ず、でも歌なんて望んでなかった他のお客さんのことも考えなきゃならず、単にめんどくさいだけ。

文化だなんだと言ってますが、自分の中の「お祝い」という概念に対して陶酔したい、そしてその陶酔を共有することで陶酔とエゴを承認されたい。
そういうことでしょう。

折った手紙

ROCKY HORROR Tokyo Japan -- ロッキーホラーショー・ファンクラブLIP'S公式
たとえばロッキーホラーショーがコスプレして騒いで観てもいい映画だってのもあれは文化ですが、アレにしろ運営が「それもオッケー」だとしたからオッケーなのであって、最初期にそれが許されたのはあれが場末の映画館で上映されるようなローカルなB級サブカル作品だったからに他ならない。
当時にネットがあれば是非について喧々諤々だったと思いますが。
ファンが集まって好きにやるのは存分にどうぞ、と。

そもそも映画は映画館でスクリーン相手だからこそ成立する。
本来舞台で人間が演じ歌うようなエンタメにおいて観客が主導権を握ること自体本末が転倒してる。
じゃあ海老蔵の舞台で哀悼の意を表するために、ファンが客席から歌でも歌えばそれが哀悼になるのか、と。
文化の創造じゃなく迷惑行為。

考えれば分かりそうなもんだが……。

観客はあくまで観客でしかない。
もしお祝いで歌いたいってんなら、ファンで集まって録音して送るなり、ファンクラブイベントで運営に「こういうことをやりたい」と申し込んで許可を得てやるべきことで*1、無関係な観客のいるライブで身勝手な「お祝い」……はぁ。

場所取りのためだけにそこにいて他の観客の邪魔になるミスチル地蔵もそうだけど、長く続くミュージシャンのファンってのは、どうして色々と拗らせてしまうのか、今後の研究が待たれる。

CYCLE HIT 2006-2017 Spitz Complete Single Collection(通常盤)

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*1:別にメンバーにだけサプライズになればいいのだし、事前に許可を得ないのはそれが許可されないとわかっているからでは?