自身が存在するための「呪い」の言葉

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何度か過去に書いているが、京極夏彦が脚本を書いたゲゲゲの鬼太郎の特番にぬらりひょんに雇われた言霊使いが敵として登場。
鬼太郎の仲間の妖怪を次々と元の物質に戻すくだりがあった。
言葉によって縛ることで「妖怪」という概念にした存在を元の言葉に解体する。

同じ事象を「砂とつむじ風」という言葉で縛るか「砂かけババア」という言葉で縛るのか。
言霊とは呪いであり、その存在を概念として固定するために使われる。

ネットというところは言霊のレイヤー。
ないものを存在させることもできるし、なかったことにもできる。



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海老蔵と炎上

この前、海老蔵が子供をディズニーランドに連れて行って炎上した、という話題があった。

これに関しては、まず炎上の根拠が掲示板へのいくつかの書き込み程度でしかなくツイッターなどのSNSでは大半が「何が悪い!」というものだった。
通常「炎上」を称するのであればその事象に関して賛否の声があがるのが普通だが、この件では擁護の声が大半。
そもそも炎上はなく、まとめサイトが拡散させるために作り上げた虚構の「炎上」にしか見えなかった。
この件に関して「炎上している」というツイートは山ほど流れてきたが、それを疑問視するような意見は殆どなかったし、炎上元を確認しようとするひともほとんどいなかった。

ここまでは、その後、それなりに知られた。

だがこの「ディズニーランドへ行った」という市川海老蔵の行動自体がデマの可能性が高いというのは、あまり知られていない。
はてブで調べてみたがブックマークもされていない。

いくつかの検証がネットに上がっているにも関わらず「あの日ディズニーランドに行った」という事実を訂正する記事は共有されない。
元々、根拠薄弱な「目撃情報」を元に虚構の「炎上」がまとめサイトの拡散のために利用され、善意によって広く広まり、メディアもそれを取り上げる。

比較的アンテナを広く張っている人たちをフォローしているつもりだが、そういう人たちの琴線にデマ訂正は引っかからないらしい。

存在しない炎上とデマ。
もちろんこれに関してはまとめサイトが中心となり、お馴染みSNSで安易に拡散されるといういつもの通り道を通ったわけだが、このルートはいつも一方通行。
まとめサイトが訂正することはないし、悪質さは相変わらずなのだが、相変わらず読まれ、相変わらず拡散される。

海老蔵デマに関して、訂正する動きも多少なりと見受けられたものの、ほとんど拡散されることはなかったと記憶している。

呪い

バイラルメディアを持ち上げるひとたちは、「Googleみたいな検索エンジンはスパムだらけでノイズが多い。これからは自分たちの主体的な判断にのっとって情報を得ていくのだ!」みたいなこと言いますよね。
主体的な判断って、せいぜい興味があるからシェアするとか、そういうレベルの話なんですけど、その「主体」はまとめサイト的なものにものすごく簡単に操作されてしまう。結果、シェアしたくなる、ひとこと言いたくなるどうでもいいニュースばかりがどんどん増殖していった。
ぼくたちのインターネット史/ばるぼら さやわか

さて呪いとは、なんだろうか。
悪質なデマは当然として、もちろんヘイトを撒き散らし、偏見を広めるような行いは倫理的にも問題があるだろう。

正しさを振りかざすことが〇〇警察と揶揄されることも見受けるが、果たしてこのネットの世界において最も悪質な呪いとはなんだろう。

「海老蔵は悪くない!」とまとめサイトを拡散するのは善意に基づくのかもしれないが、果たしてその肯定的な言葉を吐く不正確な情報拡散は正しい行為か、それとも呪いのひとつか。
炎上に加担するから呪いだ、安易に「否定的な言葉を吐くから呪いなのだ」という決めつけこそ呪いだろう(循環構造)。

無関係な顔で「炎上に加担しといて正義とか言ってるのは呪いだわー」と自身の後頭部にざっくりブーメランが突き刺さるのを無視してマウントを取ることが呪いでないなら、果たして呪いとは何なのか。

こうやって「呪い」という言葉で安易に何かしらの事象をわかったかのようにバズワードを作り出して縛り付ける行為。
そんな行為こそが「呪詛」なんじゃないだろうか。


たしかに過度な正しさを振りかざすのは間違いかもしれない。
しかし「〇〇警察」が存在せず、不正確なデマが流れ、訂正させることもない、そんなネット世界が「ぼくのかんがえたさいきょうのインターネット」なんだろうか。
だとしたらそんなものはクソだ。
勝手に「ぼくのかんがえたクリーンなマスト丼」でも運営して、そこにこもってればいい。

正しさも誤謬も、善意も悪意も、清濁併せ持ち。
言葉でできた世界でそこに存在するには言葉を綴るしかない。
仮に呪いだとすればそれは自身をそこに縛るため、自身への呪いだろう。


呪い呪いと勝手に名付け、行為を呪うのは勝手だが、だからと言って情報の正しさすら放棄した言葉の世界が果たして理想なのか。
炎上だから呪いだ、否定的だから呪いだ、攻撃的だから呪いだ。
そんなに簡単な世界なのか、ここは?

正しくない情報を発信することもあれば、それが正されることもある。
単なるヘイトは倫理的にも「正しくない」としても、情報の均衡を保つべく働く自浄作用もまたネットの一面にも関わらず、安易な言葉で雑に括ることは誰にとっての「呪い」なんだろうか。

人を呪わば穴二つ。

他人事で言ってる本人がどこかで穴にハマるのもあるある。
呪い?
言葉はとてもキャッチーだが雑。

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