新本格ミステリ30年の歴史を振り返ってみた

7人の名探偵 新本格30周年記念アンソロジー (講談社ノベルス)

今年は、新本格ミステリが始まって30週年だそうでして、そりゃあ歳もとる……。
それまで洋ミスばかり読んでいた自分が新本格を切っ掛けに国内ミステリを読みはじめ、まさか30年も読み続けることになるとは。

今回は、そんな新本格ミステリ30年の歴史を、一読者の視点で、時代時代の作品を挙げつつ、2000年代初めあたりまで振り返ってみよう、という趣旨の記事です。
以下は、あくまで個人的観測範囲と記憶がベースですので事実と違うところがあるかもしれませんが、ご容赦のほどを。



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1987年

新装版 8の殺人 (講談社文庫)

まずは30年前、1987年。
講談社ノベルスから、ミステリ黄金期にあった謎解きの魅力を再認しようという「新本格ミステリー」が始まる。
綾辻行人「十角館の殺人」から始まったこの流れは、有栖川有栖、法月綸太郎など代表的な作家のデビューにより新本格と呼ばれる謎解きミステリの復権が徐々になされていく。

個人的には、洋ミスばかり読んでいて、たしかジョン・ディクスン・カーを意識した我孫子武丸「8の殺人」を読んだのが、新本格ミステリを読み始める切っ掛けになった。
TV TAROの表紙を書いていた故・辰巳四郎氏が表紙を描いていたことが、興味を持った切っ掛けだったと思う。

ちなみにこの我孫子氏の速水三兄弟シリーズは「8の殺人」でJ・D・カーを思わせる密室を扱い、「0の殺人」でアガサ・クリスティを思わせる連続殺人。
「メビウスの殺人」ではエラリー・クイーンを思わせるミッシングリンク。
洋ミス好きだった自分にドハマリした。

1991年

新装版 翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件 (講談社ノベルス)

綾辻氏がデビューしてから四年後。
「翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件」という、ビガーズ「チャーリー・チャン最後の事件」を思わせるタイトルをつけた作品で麻耶雄嵩がデビュー。
この麻耶氏の作品によって新本格ミステリは次の段階へと移行したイメージがある。
いわゆるメタミスやアンチミステリの萌芽とでも言うか。
もちろん先行してアンチミステリといえば竹本健治「匣の中の失楽」もあったわけだが、新人がデビュー作でこういうアンチミステリな作品を上梓してきたのは印象深い。

ちなみにこの91年、現在も続くミステリランキングムック誌「このミステリーがすごい!」で1位が大沢在昌「新宿鮫」だったのを見てもまだまだ本格ミステリと冒険小説やサスペンスが未分化だったのがわかる。

二位は北村薫「空飛ぶ馬」、三位は船戸与一「炎 流れる彼方」
いわゆる日常の謎系ミステリの本格的な始まりでもあるわけですが。

1994年

姑獲鳥の夏(1)【電子百鬼夜行】

綾辻行人の「霧越邸事件」が火曜サスペンス劇場「湖畔の館殺人事件」としてドラマ化され、一部ファンから「さすがに、あの映像化はないわ」と言われた翌年。

ここで新本格の流れとは別に大物が登場。
デザイナーをしていた京極夏彦が、休暇に書いた作品を持ち込み、即講談社からデビュー。
この持ち込みを切っ掛けとして、ミステリ賞としてかなり異質な「メフィスト賞」が数年後に始まることに。

そしてテレビではその後ヒットシリーズとなる倒述ミステリ「古畑任三郎」がスタート。
関西では「真冬の夜のミステリー」と題したスペシャルドラマが放送される。
脚本は、綾辻行人、有栖川有栖、法月綸太郎とまさに新本格作家が揃い。
個人的には、きたろう氏が出演した法月綸太郎「黒のマリア」が面白かった。
これが、その後の「安楽椅子探偵」シリーズに繋がる嚆矢。

94年は麻耶雄嵩が「夏と冬の奏鳴曲」が賛否両論になった年でもある。

1995年

解体諸因 (講談社文庫)

アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」がブームを起こす95年。
西澤保彦が「解体諸因」でデビュー。
その後、講談社ノベルスを中心としてタイムループとミステリの合せ技「七回死んだ男」や意識だけが入れ替わる状況での殺人「人格転移の殺人」などSF設定のミステリを多数上梓した。

双頭の悪魔 ‾真犯人は誰だ? [VHS]
ポニーキャニオン (1995-10-20)
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ところで有栖川有栖「双頭の悪魔」が映画化されてるんですが観た人いますかね。
カマキリの着ぐるみで有名なボクシング狂 香川照之と渡辺満里奈主演という。
VHSしか出てない、今やすっかり幻。

1996年

すべてがFになる THE PERFECT INSIDER S&M

遂に京極夏彦から始まったメフィスト賞から第一回受賞者 森博嗣が「すべてがFになる」でデビュー。
今や啓発系の新書からエッセイ、SFまで幅広く書く売れっ子作家ですが、当時の新本格の中で理数っぽさを全面に出した作品はやはり異色で、メフィスト賞のその後の流れを決めたとも言えるかもしれない。
個人的に一番読み返したミステリ本。

コズミック 世紀末探偵神話 (講談社ノベルス)
講談社 (2017-01-20)
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同年、第二回の受賞者として清涼院流水が「コズミック 世紀末探偵神話」でデビュー。
「1200の密室で1200人が殺される」という大風呂敷を期待して読み、読後壁に投げた最初の本でもあるが、その後流水大説(清涼院流水が描く、JDCが活躍する一連の探偵シリーズ)は次々と読んでしまった。

夏と花火と私の死体 (集英社文庫)
集英社 (2012-11-15)
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今や押井守の親族になった乙一が「夏と花火と私の死体」でデビュー。
当時、買った記憶があるが、ジェイブックスという大判の新書だったような。

この頃が人生で一番どん底だったので、あんまり覚えてない。
まだ京都に住んでたな。

1997年

名探偵の掟 (講談社文庫)

97年、それまで「鳥人計画」や「放課後」などのミステリで評価されていた東野圭吾が、新本格のコード(あるある)をおちょくったようなアンチ・メタミステリ「名探偵の掟」を上梓。
まだガリレオのヒット前であり、「ミステリ好きが好きな作家」だった時代。
そんなアンチメタミスが出るくらい新本格も少々マンネリ化していた頃でもある。

メフィスト賞は、蘇部健一「6枚のトンカツ」という探偵ナイトスクープの小ネタを丸々トリックに使う斬新なミステリが受賞。この辺から「メフィスト賞はホームランかアウトかどっちか」という大振りさがハッキリし始めた。
カバー裏の著者近影に使った写真があまりに地味でいじられてたのを覚えてる。

六枚のとんかつ (講談社文庫)
講談社 (2014-01-24)
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ちなみにこの97年、ベテラン作家山田正紀氏が幻冬舎から「阿弥陀」など新本格に連なるような作品を発表したのはとても面白い流れ。当然、買った。

例年末の恒例として「このミス」が受け入れられる中、新本格ミステリ好きに対して「本格ミステリベスト」が発売される。エンタメ色の強い「このミス」とミステリ色の強い「本格ミステリベスト」と。
ちなみに97年度、本格ミステリ~での一位は京極夏彦「鉄鼠の檻」
それに対してこのミスの一位は馳星周「不夜城」とそれぞれの特色が出ている*1

1999年

ハサミ男 (講談社文庫)

第13回メフィスト賞を受賞し殊能将之が「ハサミ男」でデビュー。
2013年、氏が死んだときはとても驚いたのを覚えている。

azanaerunawano5to4.hatenablog.com

ちなみに前年、乾くるみが「Jの神話」でデビュー。
ち○こミステリでもある今作の流れ(エロミス?バカミス?)は、現在の早坂吝「○○○○○○○○殺人事件」や「虹の歯ブラシ」に繋がってるとか繋がってないとか。
その後「イニシエーション・ラブ」で再評価されるとは……わからんものですが。

この年、ミステリ作家によるe-NOVELSという電子書籍のダウンロード販売が実験的に行われたんですが、あえなく失敗。
知る人ぞ知る、という感じですかね。
京極夏彦や我孫子武丸の作品を何篇か買った記憶がある……。

作家集団「e-NOVELS」、小説などをオンライン販売
※当時のInternetWatch記事

2001年

煙か土か食い物 (講談社文庫)

第19回メフィスト賞を受賞し、舞城王太郎が「煙か土か食い物」でデビュー。
帯の推薦文は清涼院「コズミック」と同じ大森望。
赤黒いヘビ柄の表紙は歴代の講談社ノベルス作品の中でもかなり異色な装丁。

このころになると新本格第一期の作家はすっかり鳴りを潜め、ミステリのブームは過ぎた印象。
ミステリとしてはかなりアンチミステリな舞城の受賞もそれを表しているかもしれない。

そして米澤穂信は、角川スニーカー文庫のミステリジャンルとして始まったスニーカー・ミステリ倶楽部から「氷菓」でデビュー。
当時、大塚駅前の書店で見かけたのをなぜか覚えてる。
まさかアニメ化され大ヒットすることになるとは……。

ただこのスニーカー・ミステリ倶楽部、その後ひっそりと消えていく。

ミステリ・オペラ―宿命城殺人事件 (ハヤカワ・ミステリワールド)
山田 正紀
早川書房
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同年、ベテラン作家 山田正紀が平成と昭和13年の満州で起きる殺人事件を繋いだ大作「ミステリ・オペラ 宿命城殺人事件」を発表。
新本格ムーブメントが下火になる中、ベテラン作家が独り気炎を吐く状況。

ところでこれ、どうして電子書籍にならないんですかね。
当時ハードカバーの分厚さに上巻途中で挫折したので。
電子書籍化していただければ再挑戦できるんですが……。

2002年

クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い (講談社文庫)

メフィスト賞を受賞し西尾維新がデビュー。
前年度の米澤穂信のスニーカーミステリ倶楽部や、翌2003年に講談社から発刊される文芸誌「ファウスト」もそうだが、少し不調なミステリ界が、好調なラノベ界に食指を伸ばしているのが見て取れる。

この年からスペシャルドラマだった「相棒」がシリーズとして開始。
この頃から新本格好きが「今、相棒にハマってる」と言いはじめたのを覚えてる。

2003年~

葉桜の季節に君を想うということ 本格ミステリ・マスターズ

2003年、歌野晶午の傑作ミステリ「葉桜の季節に君を想うということ」が上梓された。
同年のこのミス、本格ミステリ・ベスト10などを総なめに。

時代は、いわゆるセカイ系。
新海誠の「ほしのこえ」が2002年、

新本格魔法少女りすか (講談社ノベルス)
講談社 (2016-09-16)
売り上げランキング: 59,354

まどか☆マギカに先立つ2004年、西尾維新が「新本格魔法少女りすか」を上梓。
ミステリじゃなく今の「○○伝」に繋がるような作品世界ですが。
奈須きのこが「空の境界」で商業作家デビューしたのも同年のこと。

2005年、京極夏彦のデビュー作「姑獲鳥の夏」が、実相寺昭雄の手により映画化。

2006年、講談社BOXが開始。
同年、そんな講談社BOXから西尾維新は「化物語」発表、2007年「刀語」。

現在

その可能性はすでに考えた (講談社ノベルス)

2000年代初頭「葉桜の季節に君を想うということ」のヒット以降、新本格のムーブメントは、一段落したかと思いきや、2012年に米澤穂信「氷菓」が京アニによってアニメ化。
あの地味なミステリがアニメファンに受け、多少なりと若いミステリファンを獲得。
米澤穂信が、東野圭吾と並びすっかり国民的ミステリ作家として認識される。

売れっ子になった現在も作風は大きくは変わらず、ロジカルなミステリを書き、時には「折れた竜骨」のようにミステリマニアでも納得する作品を発表、変わらず実力を見せつける。

さらには有栖川有栖の火村や島田荘司作品の探偵が美少年化されそっちの方向で盛り上がるという斜め方向からの展開を見せていたりして、あまりそっちはついていけないんですが、さらに「文豪ストレイドッグス」で綾辻vs京極という現代ミステリ作家対決が行われたり。

いやはや、何があるかわからんもんです。
新本格ミステリは、2002年頃の転換点から広義になり、古典になってしまった狭義な「新本格」というステージからズレてしまっている印象がある。
あと貫井徳郎作品が、なにげに次々映像化されている。

探偵が早すぎる (上) (講談社タイガ)
講談社 (2017-05-18)
売り上げランキング: 2,014

2015年、講談社が「講談社タイガ」という文庫レーベルを開始。
キャラ小説としての色が強い作品が多く、いわゆるラノベ側からミステリに寄ったスニーカー・ミステリ倶楽部とは逆の、ミステリからラノベへのアプローチを思わせる。

こうやって振り返ってもわかるが、メフィスト賞という「ミステリに限らない賞」がミステリを通じて何かを描きたい作家を文壇にデビューさせシーンを支えてきたのはとても面白い。


2017年。
現代のミステリ界を見渡すと、メフィスト賞を受賞してデビューした井上真偽が頭ひとつ抜けて素晴らしい。
「その可能性はすでに考えた」や「名探偵が早すぎる」など、どの作品もクオリティが高い。
キャラクター小説でもあり、ミステリとしてのロジックも確かなのでうるさ型のミステリ読みも納得でき、キャラで読みたいライトな方でも面白く読める。

さらに御大 山田正紀氏は、SFと密室ミステリという大作「ここから先は何もない」を発表するなど精力的に活躍。
実に頭が下がる。

ここから先は何もない
河出書房新社 (2017-07-21)
売り上げランキング: 31,959

テレビでは先日、麻耶雄嵩「貴族探偵」をミステリのコンテクストを完無視で映像化する思い切ったやり方をして、視聴率的には今ひとつ、ミステリ好きにはそこそこ好評(でも貴族探偵の演技はやっぱり微妙)というハンパな結果を残す。

一方、多くのミステリ作家を排出してきたメフィスト賞は、2014年に早坂吝が「○○○○○○○○殺人事件」という非常に斜め方向な作品で受賞。
さらにこの新本格30周年という今年は「NO推理、NO探偵?」というメタ・アンチミステリが受賞するなど相変わらず「ミステリの極北賞」っぷりを見せつけている。

shimirubon.jp

あと最近になって一時は書店からも姿を消した中西智明の名作「消失!」が掌編をプラスして電子書籍化されたことはもっと知られていい。
ずっとノベルは古本屋にしかなくて、当然、今回買い直し。
ほとんど忘れてるので新鮮な気持ちで読める。


新本格30周年。
おめでとうございます。
リアルタイムに読んできたファンとしても実に嬉しい。
これからも様々な奇想や思いもつかないやり方でファンを驚かせてください。

次の10年に向けて。
新たな、現代の新本格ミステリが盛り上がりますように。

もし、まだ新本格ミステリを読んでいないひとがいるならとてもうらやましい。
なにせ30年分の名作が溜まってる。
今から読んでも40周年には充分に間に合う。
新本格30周年、皆さんもどれか一冊読んでみてはどうですかね。

十角館の殺人 限定愛蔵版
綾辻 行人
講談社
売り上げランキング: 326
謎の館へようこそ 白 新本格30周年記念アンソロジー (講談社タイガ)
東川 篤哉 一 肇 古野 まほろ 青崎 有吾 周木 律 澤村 伊智
講談社
売り上げランキング: 3,116
謎の館へようこそ 黒 新本格30周年記念アンソロジー (講談社タイガ)
恩田 陸 はやみね かおる 高田 崇史 綾崎 隼 白井 智之 井上 真偽
講談社
売り上げランキング: 2,839

*1:京極夏彦「鉄鼠の檻」はこのミスで7位