「◯◯が報道されない」情報操作陰謀論とネットde真実

先日、NEMをごっそり盗まれたコインチェック社の記者会見をリアルタイムで観ようと思いテレビのチャンネルを変えてみたが、会見をリアルタイムに流す在京民法はなく、流れるのは、はれのひ社長の記者会見ばかり。
結局、Abema TVでみることになった。

翌日、WBSではそれなりに取り上げてもいたが、被害額の割に扱いが小さいのはあくまで一部の投機(ギャンブル)でしかないからだろう。

話題になっていることをツイッターで検索すると「◯◯が報道されない」「きっと安倍政権の陰謀だ」「報道規制だ」なんてツイートが何万回もリツイートされている様子をよく見かける。
その根拠になっているのも同じく「報道」なんだが、陰謀論をツイートする人にとってネットの報道は「真実」であって、テレビの報道は別腹らしいのがわかる。

政権は、テレビには影響できても、ネットに影響はできないらしい。
ヌルい政府のヌルい情報操作ですね。



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テレビという権威

ネットは、能動的なメディア。
テレビは、受動的なメディア。
だからテレビでコインチェックの話題を流すには、お茶の間で屁をしながら観ている受動的な不特定多数の視聴者に対し「なんでコインチェックの社長らはこんなに詰められてるのか?」「NEMって?仮想通貨って?ブロックチェーンって??」を思考停止したアホでもわかるよう説明しなきゃならない。

しかもそこら辺のエンジニアを捕まえて「老人でもわかるレベルでブロックチェーンとNEMが盗まれた経緯を解説してくれ」などと頼むわけにもいかず、テレビマンは大学に電話して情報を専攻しご立派な肩書きを持つ(専門ではないがとりあえず肩書きはすごい)先生を取っ捕まえ無理に説明させる。
それをよく知らないADがスライドにするもんだからトンデモ解説が混ざり込むのも当然。

正確性より分かりやすさと肩書きの世界。
だからこそ「説明おじさん」こと池上彰が重宝される。
メディアが使いやすく権威があり、知名度がある情報の翻訳家、要約家。

台湾の地震報道にしろ中心となるのはピサの斜塔状態のホテル。
あぁいう象徴は、分かりやすい報道の中心になりやすい。

ネットde真実

www.j-cast.com
一方、ネットのニュースはフットワークが命。
だから山中教授に関するとんでも記事を共同通信はトバす。
そして黙々と書き換える。
あーいうブラッシュアップはたまたま今回目立っただけで、これまでにも使われていた手法だろう。

責任より、正確性よりフットワークがネットニュースの信条。
日経だって、がつがつトバす。

先日、カズレーザーが番組内の企画として語った「持論」を、番組の趣旨から切り離しまるで本当に語ったことのように取り上げたLivedoorニュースにはてな並びにネット民が山ほど騙されたのも記憶に新しい。

news.livedoor.com

ネットで話題になろうと、どうせすぐに忘れる。
だから正確性は二の次、センセーショナルでアクセスの稼げる記事を。
ネットマスコミの総LITERA化は止まらない。

情報バイアスで切られた18人

記者の畠山理仁氏が書いた「黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い」という本の中に、2016年に行われた東京都知事選に関する章がある。

都知事選には21人が立候補を届け出た。しかしテレビなどマスコミ各局は「主要三候補」として小池百合子、鳥越俊太郎、増田寛也の3候補だけを「主要な候補者」として取り上げた。

しかし「主要」とは一体なんのことだろう?
当選しそうな3人とでもいうのか。
同じだけ供託金を支払った候補者は、平等ではなくマスコミによって明確に差別される。
これは、どういうことだろう?

形だけの民主主義として、立候補は自由でも、事前の知名度や後ろ盾や地盤がなければろくに報道されないのであれば、どれだけ誠実な政治を正そうとする有望な候補者であっても当選することはまずありえない。
正式に手続きを行い、供託金を払い、選挙活動を行なっても「主要」にはなれない。

「当選しそうな候補」だけを取り上げる方がわかりやすく、焦点を絞ればアホでもわかりやすい。
そりゃあ政治の舞台に上がるキャストがいつも変わらないメンツなのは当然。

マスコミがお手盛りの情報操作で作り上げた政府を手のひら返しで批判するなんてちゃんちゃらおかしい。

ブラックリスト

www.huffingtonpost.jp

あまり話題にならなかったが、韓国保守政権が、ブラックリストを作り言論統制を暗に敷いていた。
反政府的なイベントに参加した人気お笑い芸人は番組から徐々に排除され、釜山映画祭に出品したセウォル号のドキュメント映画を上映中止にしようと政府は圧力をかけた。

もちろんこれらは後になって明らかになったこと。
プロパガンダはあっても、それはもっとわかりにくいかたちで展開される。
誰でも見れるネットニュースで大々的に取り上げた事故をテレビが報道しない→報道規制が原因というのはなんとも香ばしい。
それとも日本の情報網は、いつの間にか安倍政権の作った金盾で覆われていたんだろうか?


テレビマスコミにとってはわかりやすくスキャンダルな話題こそが至上。
だから芸能人の不倫ばかりを取り上げる。

ネットマスコミは拡散が主体。
だから一度一報を打って受ければその話題を追い、増やして行けばいい。

メディアが違うからこそ、テレビマスコミとネットマスコミに速度差や内容の温度差が発生する。
タンカーのオイル流出に関する報道が短いのは、安倍政権の陰謀ではなく、ひねもすのたりダラ見している視聴者の方々にとっては相撲協会の闇や、キョン2の不倫の方が分かりやすいし視聴率を取れるからでしかない。

民主主義と資本主義

テレビマスコミが、コインチェックの会見よりはれのひの社長の会見を採り、原油より不倫を採るのは、とてもわかりやすい民主主義と資本主義の現れ。
テレビは視聴率が取れる。
ネットはアクセスを増やす。

TLとテレビを見比べ「テレビでやらない!情報規制だ!」と言い出すとき、そこで安易に発生するデマ。

「ネットde真実」とも揶揄される陰謀論は、そんな直情的で狭い観察によってカジュアルに生まれ、TLを流れる中でカジュアルに拡散され、やがて真実として受け取る人の元へと届き始める。

ごく普通の一般市民のTLにまで流れてくる「マスコミと政府が隠す真実」にどれだけの信憑性があるんだろう。

テレビは、そんなデマにより情報の信用を失い、ネットもまたデマを拡散したことで信用を失い、デマを生み出し拡散するユーザーもまた信用を失う。
定期的に話題に上がる募金詐欺の話にしろいつまでもデマが生き残り潰しても潰してもそれを信じる人々の手でロンダリングされ続け、指摘されても無視され続ける。

真実なんてどこにもないし、誠実さをマスコミに期待する方がおかしい。
情報は常に偏っている。
どんなマスコミであれ自分たちに都合のいいフィクションを流すメディア。
それはネットでもテレビでも同じこと。

報道は自由だが、その自由が一般市民のための自由であるとは限らない。