「バクマン。がおそろしい一つの理由」を読んだけど必要ないから書いてないだけじゃね?

バクマン。がおそろしい一つの理由/指輪世界の第二日記
http://d.hatena.ne.jp/ityou/20130508

読んだ。
ん?納得したのかって?
言われりゃ確かにその通り、でも違う。
マンガ「バクマン」でなぜコミケが描かれないのか?
視点は面白いなーとは思う。
え?
でも最近マンガとかアニメの記事書いてもpv全然ダメなんだよ。
妙に食いついてくるやつも多いし...労多くしてってやつだからさ。


んー、んじゃちょっとだけ。
今回だけな。
何を例に挙げると判り易いか。


...。
じゃあ、ちはやふるにしてみるか。

ちはやふる(16)ちはやふる(16)
末次由紀

講談社

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ちはやふるは競技かるたの話だよな。
主な舞台は、学校。
放課後の部室。
でもその学校の、時間の大半を過ごすはずの教室の描写はとても少ない。
もちろんゼロじゃないよ?
でもほぼない。
学校なのにだよ?
ちはやの友だちが出てきて、みたいな描写なんてどれだけあるよ?
ほぼ部活の仲間としか一緒にいないぜ、あの連中は。
部活、部活、ちょっと教室、遠征、大会、ちはやの家。
学校にお前ら何しに行ってんだよって話だろ?
まぁ、学園モノのほとんどは舞台が教室じゃないし。
究極超人あ~るとかさ。
本当は、教室が無くても成立すんだよ。

マンガって無駄なものをそぎ落としたミニマルな「セカイ」なわけだ。
別の概念や存在や空間があるのは判ってても、それを描けばその分そこに話をさかなきゃあいけない。
何かの世界があってそれを描く。
ならそれ以外は本質的にはいらない要素なんだよ。


ん?
でもちはやふるの教室風景はゼロじゃないだろ?って。
そこはハイコンテクストなんだよ。
つまりさ。

ちはやふるの教室の勉強シーンは説明が要らない。
みんな知ってるし体験してるから。
教室を描くのはキャラの描写(コミュニケート、プライベート)の為に描く。
だからとても少ない。
友だちもいらない。
だって部活の仲間で足りてるんだから。
バクマンの亜城木夢叶の二人も友だちってホントいないよな。
だって要らないからな。
プロの仕事、そこだけが必要な要素であとはいらない。
もしバクマンで、コミケを描いたらコミケの説明からコミケの話が始まって、その後もずっとコミケを意識しなきゃいけない。
一度でもその作品のセカイに「それが存在する」ってなったらそれはその世界に存在している事になる。
描かなきゃ存在していないんだから。
必然的にそのセカイに含まれそうなものだったとしても、物語構造的に必要が無ければそれはいらない。
無くていいものは無くていいんだよ。
無きゃいけないものだけがあるセカイ。
それが漫画なんだから。
押井守がメルマガのインタビューで語ってたんだけども

押井:構成。構成ってさ、二通りあって俺に言わせれば構造なんだよ。脚本家は
構成と言うけども、俺に言わせると構造なんだよ。
――それは物語のロジックとは違うんですか?
押井:全然違う。一番わかりやすい言い方で言えばキャラクターの配置。キャラ
クターがちゃんとレイアウトされてるかどうか。収まるところにちゃんとキャラ
クターが隙間なく配置されてるかどうか。で、余分な人間がいないかどうか

隙間なく、余分が無いか。

だってバクマンは結局、亜城木夢叶vs新妻エイジなわけだよ。
プロの漫画家の二極対決。
これの対立項を目指して物語を描きはじめてる訳だよ。
そこにコミケ時代から始めるメリットが何にもない。
薄い本を書いて、オフセットで印刷して、下積み時代からコツコツと始めて、ヤヲイとかエロ漫画にも手を出したり...だって漫画家が全員そんなスタートだったら必然で必要かも知れんけど、コミケからスタートしてマンガ界を描くんならそれはもう別のマンガだよ。だったら主人公二人もコミケで偶然出会ったイラストレーターと作家でいいんじゃね?
それってどんな読者想定してんの?
小学生に少部数印刷の話描いて面白がらせんの?
もうそれはジャンプの連載漫画じゃないな。
連載漫画の想定対象は広いんだよ。特にジャンプは。
それをやるならヤングアニマルとかコミコミ*1で良いよ。


もうその辺言い出したら「じゃあ麻雀マンガ雑誌は?」「じゃあエロ漫画は?」「青少年育成条例とかバクマンで書かねぇのか?」とかさ。
漫画界を描くマンガだからって全部描く訳無いじゃん。


そうじゃなくって、ポイントは真城最高と川口たろうなんだよ。
真城最高が目指す漫画家の姿は川口たろうなんだ。
それは薄い本じゃない。
昔の、コミケなんて無かった頃のマンガ家像なんだよ。
叔父のプロの、思い半ばで死んだ川口たろう。それに憧れてマンガ顔目指すって言う事を主人公の動機づけに据えてんだからコミケなんて描く意味は全くない。
あの世界に無くていい。
お金じゃないし、コミケでも無い。
亜城木夢叶だって新妻エイジだって稼いでるけど、お金の話はほとんど出て来ないし、何か贅沢がある訳でも無い。
それだってあの物語には必要ないエピソードじゃね?
誰に読ませんの?
プロって誰か読者を想定して書いてんだからさ。
その想定読者に対して必要無きゃ描かねぇって。
取材して資料集めてってやるより、あっさり雑誌から始めた方が実体験が伴う分間違いなくセカイを描ける訳でしょう?
コミケを描いても読者に明確に勝ち・負けを出しづらいって判断なのかも知れん。
だから雑誌も別のライバル誌に移ってコミックの部数競うとかないでしょ?
その辺になってくると雑誌の売り上げ数も考慮しなきゃいけないし、対立項がぶれる。
そういうのはいらないんだよ。

閉じた狭い世界での二極対立。
それがバクマンの本質なんだと思う。
オレはね。


あれを描けばいいのに、これを描けばいいのに、なんでこれを描いてないんだろう。
読者は思うけど結局それは物語にとって要らないから描かれて無い。
それだけのは話じゃね?
ま、当たり前の事すね。
短いけどこんなもんでおしまい。
あくまで私見だからねー、こう思いますってだけだよー(保険)。

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大場 つぐみ,小畑 健

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*1:コミコミはもうないなw