「モテたい」という漠然とした概念の罪

「モテない男」という言葉の罪/増田

しかし自分を「モテない男」だと思っている男の中にも大きな溝がある。
A. 女からチヤホヤされたことはないが、彼女や妻は居る。
B. 彼女や妻は居ないが、友達との関係は充実している。
C. 彼女や妻も友達もおらず、話すのは親兄弟しか居ない。
D. 彼女や妻も友達もおらず、家族との関係も破綻、完全に孤立している。
(中略)
それぞれを別の言葉で呼ぶべき。別物なんだから。

読んだ。それぞれが別とは思わない。
なにせ「モテる」「モテない」の二元論と、友人や家族は関係が無い。
そこはコミュニケーション能力に入る部分だろう。
Aは別としてもB~Dは類似。


受動的にしていても女性と交流があるならそれは「モテ」だろう。
でもアクティブにナンパしまくっていると言うのは果たしてモテか?
それはモテないけど努力しているって事でしょう。

「モテないキミが変わるにはナンパをしてみよう!」
みたいなのがあるが、モテない自分は結局変わってない。
要は女性慣れする事でコミュニケーション能力が向上し、それがモテに繋がれば良いって事であって、受動的な自分が変わらずモテないことに変わりはない。能動的になればモテる、というのは逆に言えば受動的であれば変わらずモテないという事だし、能動的になったとしてもモテないやつはやっぱりモテないなんてパターンもある。
モテとは受動的にしていたとしても女性が寄ってくるようなイメージで、ナンパをするのはしなければモテないからこそだろう。
もうすっかり枯れ果てている自分が言っても説得力も何も無いが、少なくとも見た目に気を使ってて、女性とマトモにコミュニケーションが取れればある程度は彼女が出来たりもする、筈。


主に「モテない男」とは受動的に女性と交流が無いという事なので、たまたまの確率で知り合った彼女や、そこから発展して結婚まで辿り着いたとしても、他の女性から変わらず受動的に「知りあう事が無い」のはやはりモテないという事に変わりはない。
ただAは少なくとも心を許せる女性が存在するに対して、B~Dは影も無い。
(Bの友だちに女性が含まれていても友だちは友だち)
なのでまず受動・能動で別けて、


【受動】
モテる男 :何もしなくても女性がわんさか寄ってくる
モテない男:彼女や嫁などがいる。浮気などはしてない
非モテ男 :女性とここ数年喋ってない(レジや勧誘電話は除く)


【能動】
肉食系男 :ナンパなどして食い荒らしてる。目指せジーン・シモンズ(2000人切り)
モテたい男:ナンパなどしまくってる。浮気もしてる。そこそこ食える
浮気性男 :彼女や嫁などいるが他に女性を作って遊んでる。そこそこ食える
モテない男:彼女や嫁がいるいないに関わらず色々やってるが上手くいかない


モテたいと言っても色々とあって、どうモテたいか。
どんな風に?目的は?どんな状況を望むのか?
など「モテる」という願望は漠然としすぎていて人によって違いすぎる、と二村ヒトシ氏の「すべてはモテるためである」に書いてあった。
まだ途中までしか読んで無いので詳しくは語れないから、もし書くなら読み終わってから続きを書こう。

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二村 ヒトシ,青木 光恵

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