インターネットと言葉

「光あれ」
本当だかどうだか知らないが、神がそう言ったらそこに光があったんだそうだ。

初めに、神は天地を創造された。
地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神 の霊が水の面を動いていた。
神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。
神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、
光を昼と呼び、闇を夜と呼ば れた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。

旧約聖書 創世記 第1章 第1節


インターネットも似たようなものだ。
誰もが小さな神様になれる。

ツイッターで
『ディズニーランドなう』
とツイートすれば、ディズニーランドにいる事になるし、
『#ponponpain』
とハッシュタグを付ければ腹痛を主張できるし、
『アニヲタとかマジでキモいし、全員死ねば良いのに』
とツイートすれば拡散されて、やってくる批判メンションに
『顔真っ赤だぞ』
とでも返してあげれば釣り師として満足出来る。
本気かどうか、本当に思っているかどうかなんて関係無い。
ネット上の自分は作る事が出来る。
RPGのキャラクターのようなもの。

この街では誰もが神様みたいなもんさ。いながらにしてその目で見、その手で触れることのできぬあらゆる現実を知る。何一つしない神様だ。

機動警察PATLABOR2 THE MOVIE


アカウントの情報から類推させる人格に社会での評価は関係ない。
社長だろうが、学生だろうが、フリーターだろうが、ノマドだろうが、社畜だろうが。
そこに言葉があり、その言葉を書いたアカウントがいて、その言葉を書く意識がある。
誰もがアカウントをそれらの言葉から認識しているし、それだけを認識していて、それ以外は認識出来ない。
限定されフィルタリングされた情報によってアカウントのイメージは構成されている。
無軌道な自己愛と承認欲求の果てに社会的/物理的な自己のコピーをネットの海に作ろうと画策している欺瞞な行為の結果*1から、個人情報を辿られ無い限りは社会的な実存とアカウントは結びつかない*2


炎上


インターネットで騒動があると炎上とよく言われる。
幾ら炎上しても何が燃えるわけでも無い。
燃えるのは誰かが書き込んだインターネット上の言葉に対して読んだ誰かの意識が
「(怒りや義憤に)燃えている」
だけであって、書いた人間は何も燃えない。
燃えているのは対象となるツイートを読み、自分の中に作りあげた鏡像。
アカウントを消して逃亡、とよく言うが、逃げた割には別のアカウントをすぐに新規作成出来る。
逃亡劇はとても短いし、逃亡は自分がするのでは無い。
炎上の原因となった言葉を削除し、アカウントを消した状況を見た他人が
「逃亡した」
と表現するだけ。
誰も逃げていない。
モニターの前に変わらずにいる。
葬儀が死者のもので無く、生者の為に行う儀式であるように。
残されたものの為にそれはある。
炎上後のTogetterは墓碑銘のようなものなんだろう。
死体を蹴っている訳では無い。
蹴るつもりにはなれてもそこに死体など初めから無いのだし。
生き残った遺族は、ほとんど例外なく、死者に対して愛情を持っています。
その愛情は、死んだ子供と別れたくないといった気持ちを呼び起こします。

しかし、同時に、死者に対する恐怖心もあります。
死者が突然、「一人では寂しいから、誰か一緒にあの世へ行ってくれ・・・・」(友引)と言い始めたら困ってしまいます。
あるいは死者が迷って化けて出てくると困ります。
そこで葬式は、冥土の幸福(ご冥福)を祈り、どうか迷わんと成仏してくれよと、死者を平穏無事にあの世へ送り込むための儀式となるのです。

葬式には、私たちの死者に対する哀惜追慕と、恐怖の感情という、相反する二面の感情が入り乱れているのです

お葬式を考えよう


舌禍という言葉がある。
人は勿論、完全ではない。
誤りや誰かを傷つける発言をしてしまう事はあるし、それで不幸が降りかかったりもする。
しかしインターネットに書きこんだ言葉は削除することが出来る。
炎上と言う比喩を使うなら燃える前に消すことも出来る。
しかしそれをやらない。
もしくはあえて燃やす。
ない交ぜになったエゴと承認欲求がそれをさせる。
それほどに社会的/物理的制約を逃れた人の意思は御し難い。
物理的社会的な自分とネット上の自分は必ずしも相似形では無い。


言霊


言葉には力があり、それによって森羅万象が成立するのだと言う。
万葉集』(『萬葉集』)に「志貴島の日本(やまと)の國は事靈の佑(さき)はふ國ぞ福(さき)くありとぞ」(「志貴嶋 倭國者 事霊之 所佐國叙 真福在与具」 - 柿本人麻呂 3254)「…そらみつ大和の國は 皇神(すめかみ)の嚴くしき國 言靈の幸ふ國と 語り繼ぎ言ひ繼がひけり…」(「…虚見通 倭國者 皇神能 伊都久志吉國 言霊能 佐吉播布國等 加多利継 伊比都賀比計理…」 - 山上憶良 894)との歌がある。これは、古代において「言」と「事」が同一の概念を指したため。漢字の導入当初も言と事は区別されず、例えば「事代主神」を『古事記』では「言代主神」と書く箇所がある

言霊/Wiki

言霊使いは言葉を操り、その事物を言葉によって縛るのだと言う。
インターネットの上には言霊使いが溢れている。簡単に言葉を使い簡単に言葉を操り、操ったつもりの言霊使い。
日々、心の中に浮かび消える短絡的で浅薄な言葉を垂れ流すだけの言霊使い。
言葉とは、本来誰かに何かを伝える為のコミュニケーションのツール。
「エホバくだりて、かの人々の建つる街と塔を見たまえり。いざ我らくだり、かしこにて彼らの言葉を乱し、互いに言葉を通ずることを得ざらしめん」
何かを「何か」では無く「何ものであるか」を定義し特定する。
心の運び、事象、事物。
インターネットは言葉で出来ている。
無から有を言葉によって作り上げる。
この記事が何もないところから書きあげられたように。

「例えばこのドアを開けたら廊下が存在しないかもしれないと思いますか?」
「そういう稚拙な馬脚の表し方をこの世界はしないと思います。極めて論理的に出来ているようですから。でも、そんなことが起きたら私はほっとして、『やっぱりね』とさえ言うかもしれません。」
たわむれにドアを開けてみると、廊下は存在していなかった。
「『やっぱりね』。」

八本脚の蝶 2002年4月6日(土)/二階堂奥歯


意味と救済


かつて理解出来ない不可思議な現象が起きればそれは「妖怪」や「怪異」の仕業とされた。
それは誘拐だったり、事故だったり、自然現象だったり、あるいは未知の何かかも知れないがそれを「妖怪」という言葉で縛る事で理解をして納得をする事にした。そういうシステムが漠然とした「何か」を「何か」のままでなく特定の「何か」にしていた。
「河童の仕業だ」「神隠しにあったんだ」
それが「何か」の事件から残された人々にとっての理解を促す事になる。
昔にさかのぼるほど、生活圏が狭かったので自然が脅威でした。自然の脅威を鬼と表現したり、蛇の仕業だと想像してきました。だんだんと人間の文化圏が広がって、都市が生まれ、自然が遠くなり、都市のなかで妖怪が現れてきました

妖怪学者 小松和彦さんインタビュー


死んでしまえば何もないと想像するよりも、死んだ後にも世があり次の生に生まれ変わると信じる方が容易だし安心できる。
神がいつも私たちを見守ってくれている。
こんな苦難もすべて神が私たちに与え給うた苦行なのだ。
人には、理由や意味が必用なんだろう。
遺伝子を遺すための乗り物として人間は生まれ、遺伝子を残すために誰かに好意を抱くように出来ており、その選択には優秀な遺伝子を残すためのフラグが存在し、雄雌で交配し、子孫として遺伝子を残しまたその子孫も遺伝子を遺すために存在し、劣化した個体はエントロピーに従って死んでいく*3
そんな風に考えるよりは「誰かを愛するために人は生まれてくるんだ」と考えたい。

暗やみを見ると人はそこに何かを想像する。
闇を覗くものは闇に覗かれているとよく言うが、闇を覗けば鏡のように闇に覗かれ心の中にありえない何かを作り上げる。
恐怖は人の心の外にあるのではなく心の内にこそある。


鏡はそこにひび割れて


インターネットを覗くとき、インターネットもまたあなたを覗いている。
モニターを覗くとき、心の中に何かが作り上げられ、それに対して怒り、泣き、笑う。
時代は変わり、森や山は切り倒され海は埋立てられ都市や環境が変わり、造られた光が夜の闇を追いやり、道具が変わっても人間は変わらず人間から進化してはいない。
妖怪なんて昔の事。道祖神なんてありがたみも無い。
しかしそれに変わって形を変えた何かがあるだけの話。
姿かたちは違うから理解しづらいが、意味は同じ事だろう。
部落ぶらくには必ず一戸の旧家ありて、オクナイサマという神を祀まつる。その家をば大同だいどうという。この神の像ぞうは桑くわの木を削けずりて顔かおを描えがき、四角なる布ぬのの真中まんなかに穴を明あけ、これを上うえより通とおして衣裳いしょうとす。正月の十五日には小字中こあざじゅうの人々この家に集まり来きたりてこれを祭る。またオシラサマという神あり。この神の像もまた同じようにして造り設もうけ、これも正月の十五日に里人さとびと集まりてこれを祭る。その式には白粉おしろいを神像の顔に塗ることあり。大同の家には必ず畳たたみ一帖いちじょうの室しつあり。この部屋へやにて夜よる寝ねる者はいつも不思議に遭あう。枕まくらを反かえすなどは常のことなり。或いは誰かに抱だき起おこされ、または室より突つき出いださるることもあり。およそ静かに眠ることを許さぬなり

遠野物語/柳田國男

*1:軽犯罪を自慢するのに、学校行事や友人の名前や自分の名前をネットの書きこむような

*2:ここでは匿名アカウントに限定している

*3:セルフィッシュジーン