「子供がプロレスを知らない時代」なのは当然

・子供がプロレスを知らない時代/新小児科医のつぶやき
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20130605

読んだ。

ビフォーアフターって番組を娘が好きなので付き合っていました。今回は新日本プロレスの合宿所のリフォームです。リフォームの内容はちょっと置いておいて、今さらながらに驚いたのは中2の娘はプロレスをまったく知らないことです。覆面選手(獣神サンダー・ライガーだったかな?)が登場していたのですが、
どうしてマスクを取らないの?
これを聞かれて返事に詰まったってところです。番組内容からプロレスはなんらかのスポーツ、それも格闘技系らしいぐらいは分かったようですが、プロレスと言うスポーツ(と言ってエエのかな?)自体の存在を知らないのです。マスクがなんらかのコスチュームらしいまでは推測できても、試合でもないのになぜにマスクをしているか(それもヘルメットまで被って)不思議だったようです。思い返してみると、そりゃ知らないだろうと思わざるを得なかったってところです

そりゃあ環境によるとしか言いようが無くって、それを言い始めると多分
「アイスホッケーってなあに?」
「スケルトン?」
アメリカンフットボールって?」

って子供はわんさかいるだろう。
勿論、父親がプロレス好きなら
「ねぇ、パパ。アンダーテイカーって格好いいね☆」
なんて子供になるだろうからチョークスラムごっこでもしてあげれば楽しい。
ルチャ・リブレなんてスペインでならみんな知ってても
「スワンダイブ式トペコンヒーロ?」
なんて常識でもなんでも無い。
菊地成孔氏が最近「あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた筈だ」って本(kamiproの連載を単行本化)を出したが、
あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた筈だあなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた筈だ
菊地成孔

アスペクト
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あのタイトルみたいに一時期は誰でも口にするような格闘技のブームがあったのにすっかり下火になった。
ヒョードルもミルコもシウバも有名人。
テレビ離れは叫ばれてるが、未だに情報の中心はテレビ。
テレビが「常識」の中心にいる。
テレビで、ゴールデンタイムと言われる時間帯に放送していれば「みんなが見ている」事になるし、それが常識になってた。

昔、プロレスはゴールデンタイムで放送してた。
藤波と維新軍率いる長州は名勝負数え歌を繰り広げ、猪木はカリスマだった。
しかしPTAや教育委員会のお偉方が「子供が真似をする」「危険だ、野蛮だ」とプロレスは深夜に追いやられた。
あの時「親」がプロレスを子供から取り上げた。

そりゃあ子供はプロレスを知らないだろう。
親が子供からプロレスをとり上げた。
だから「プロレス」は常識の中から消えた。


プロレス技の複雑なところは、掛けられる方も協力すると言うのがあります。掛ける方、掛けられる方の協力があって、大技が見事に決まるです。なおかつ言えば、掛けられる方がヘタクソなら、非常に危険になります。綺麗に掛かった方があれは安全なんです。安全は言い過ぎかもしれませんが、レスラーの耐えられる範囲で衝撃が収まるぐらいでしょうか。
ですからプロレスの試合と言うのは、双方がある程度技を出し合って、それに対する耐久度を競っている面が確実にあると思っています。あえて喩えれば、2人が向き合って立ち、一発づつノーガードで殴り合い、最後まで立っている方が勝ちみたいなスポーツです。ただこういう見方さえも、非常に一面的で、「それがプロレスだ!」とは絶対に言えません
プロレスは肉体を使ったエンターテイメント。
アメリカのWWEは、そのショーとしての面を強め、ストーリーを盛り込み、奇想天外なエピソードで観客を惹きつけ視聴者を引きこんで一大ムーブメントを起こした。スーパースター ストーン・コールドとWWE会長ビンス・マクマホンの対決では、病院送りにした相手の病室に看護婦の格好をして襲撃したり、車椅子で逃げるビンス・マクマホンをストーンコールドが猟銃片手に追い掛け回すなんてシーンもあった。

高いところから飛び降り、危険な事をして、身体を傷つけて、それで表現する。
プロレスは、厳密にはスポーツでは無いだろう。
シルク・ドゥ・ソレイユ‎の方がよほど近い。
肉体を使って常人にはとてもありえないような事をやってみせる。

格闘技とプロレスを一緒にしたりする事もあるがあれもおかしい。
格闘技は技を躱すのがベストで、次が防御として受ける、ワーストが技を食らってしまう。
プロレスでは技を食らうのがベストで躱してたんじゃ話にならない。
技を受けて倒れ、それでも立ち上がる、何度も何度も。
もうダメかと思わせてそれでも立ち上がる、意地を張って水平チョップの打ち合いをしてみせたり、それは格闘技だったら何の意味も無い。
プロレスはそういう「不屈の姿勢」を観客に見せる。
格闘技はスポーツであって、スポーツは観客がいなくても成立する。
選手と審判がいればいい。
だがプロレスは違う。まず観客がいる事。
そして選手がいて、審判がいて。
観客がいなければ「プロ」のレスリングにならない。
スポーツは記録や自分の為、プロのエンターテイメントは観客の為に。


本来、プロレスで勝ち負けは二の次になる。
一番は「観客が盛り上がる事」面白い試合をしなければ話にならない。
格闘技はそうじゃない。
格闘技は選手が勝つことが重要で、だからこそグレイシー柔術みたいにしょっぱくても許される。
いかにマウントをとる為にタックルを仕掛ければいいか。
格闘技としての考え方が違う。


もう今はプロレスは、常識では無くなりつつある。
プロレスが言葉では無く表現する深さや機微は、野蛮だ危険だと言う無知な偏見から深夜に追いやられた。
子供たちを守る為に。
そのお題目はいつも正しそうで、いつも偏見に満ちてる。
そして色々と「子供に悪影響を及ぼす」様々なモノを追いやった結果のこの現代は少しは良くなったんだろうか。
結局のところ、目につきやすく「危険そう」「悪影響がありそう」そう思えるものは、理解も無く思い込みで全て排斥する。
そういう動きは未だに変わらないし、これからも続く。
プロレス、有害図書

「青少年の健全な育成に関する」
お題目はいつも立派なもの。
健全ってなんなんだろう。
オレにはよく判らんよ、親でも無いからね。
少なくとも「プロレス」をとり上げた今の世界は、健全でもなんでもないけどね。
それはよく判る。
何のために取り上げたんだか。