ガルガンチュワとパンタグリュエル、あるいはネットの上でのテクストの価値 ~序説~

・無料のネットで見られる活動だけのファン「ゼロ円ファン」by菊地成孔
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20130526/zeroyenfan

読んだ。
読んだと言うか読んでた。
ウチも菊地氏大好きっ子でJAZZ DOMMUNEを狂喜して、自室のフローリングで回る寿司と同時に踊りながら観ていたり、「ビュロー菊地チャンネル」初回から登録してたんだけど中身の濃さに途中で離脱すると言う未だかつてない経路を経験してる博覧強記の菊地氏のテクストは、コッテリ闇鍋のごとく縦横無尽にジャンルレスで、膨大な知識と独自の語り口を乱雑並び立てた氏独特のリズム感に、読みながらゲシュタルト崩壊とアッパー系トリップを同時に味わえる脳内合法麻薬発生装置として機能し、もし菊地氏のテクストを読んでいる最中の感覚を映像化するならジョン・カーペンターにぜひお願いしたいフロム・ビヨンドなわけです。

今や「フリー」こそが最先端なイケてる価値観でありまして、皆ネットでの情報やテクストに「フリーだ」「無料だ」と無料である事は当然のごとく享受し、無料でなければ「金をとるのか」「儲け主義かふざけるな」とか言った反感があるらしく、どうやら嫌儲的な発想は金科玉条としてネット民の心の奥底に刻まれているのであります。
しかし無料では、おまんまが食えない。

このようにキーボードを叩くワタクシメも別に文筆で食っていないからこそ、こんなに優雅にのんびりダラダラとまるで括約筋の弱った肛門からガルガンチュアの糞尿話のごとく(食事中の方、失礼致しました)延々と垂れ流されるような文章を書いていられるわけでして、そうでなければ少なくともこのような愚にも付かない文字の羅列を書いている訳にはいかない訳でしてまさに「同情するなら金をくれ」「文字を読むなら金をくれ」と言わんばかりにつまりは創作活動とそれに対する対価は切っても切り離せない訳です。

ところが今やネットの上に価値の有り無しに関わらずテクストは飽和状態で、現実世界での付加価値(有名である事。あの有名なあの人が?!)やネット世界での風評(あのコンビニ店長が復活して記事を書いてるだって?)をバックでなければどれだけ上質なテクストであろうと評価は叶わず、結局はどこかのサーバーの片隅に一山なんぼのワゴンセールで売られているFMタウンズ対応のゲームソフトのように誰も見向きもしない存在なわけであります。
もし見つかったとしても所詮は素人の書き手、一過性のブームは明智光秀の三日天下にすら叶わず一日だけ隆盛を極め明日は忘れられる存在、それが泡沫ブロガーの日常なのであります。
さて話がそれてしまったので、ギアをチェンジして一気に逆流いたしますが、このネット上のコンテンツは「フリー」であると言う感覚はどのあたりから来るのかは実に興味深く、しかし別にケチと言う訳では無く、例えば課金厨などと呼ばれるように一枚画のjpgには金銭を払い、しかしテクストには払わない、または価値が無いと断じてしまうダブルスタンダードな矛盾が存在する訳ですが、その辺りの感覚は実にインターネットネイティブと呼ばれる人々とそれら以外の人々や著作権て何それ美味しいの?な方々まで幅広く、渾然一体とマーブル模様を描くインターネット世界はその分別なく混ざり合い、だからこそ混とんとし、総語りが出来なくなっていると見える訳です。つまりは「世代間におけるカルチャーギャップ」が確かにあるにもかかわらずそれは可視化されず、ネットのテクストの上では一見同列であって、しかし感覚としては当然隔絶しており、その感覚の差異こそが正体や現象・現状の真理を曖昧模糊とさせているゆえんなのでしょう。
例えば先日“子供がプロレスを知らない時代”というテクストがあり、こちらは小児科医の方が書いておられるブログなのですが、そちらの文中では「自分の子供はもはやプロレスを知らないのか」という驚きを元に書かれておられるのですが、その記事を読み付いているコメントでは「K-1」や格闘技を同列に語っており、記事ではプロレスを語っているのにコメントで格闘技等を引き合いに出している時点で既に文を読めていない、というかそのコメントを付けている世代がまさに「プロレスを知らない世代」なのですが、それはプロレスを知らないのではなく「プロレスを知っているつもり(だってK-1とかプライドとかプロレスラー出てたじゃんって言う程度の認識)」の世代と言うものがハッキリしている訳で、新日vsUインター戦で安生が長州に殺人フルコースでフルボッコされるのをまざまざと見せつけられている世代としては実に悲しい現実がそこにある訳です。

Youtubeやニコ動、あるいはSound Cloudなどで何の苦も無く対価を必要とせず音源や楽曲を聴くのが当たり前の世代と、テレビの前にカセットテープを置いて録音ボタンをカシャリと押して録音開始している時に限って母親が扉を開けて「晩ごはん出来たよ」などと声を入れてしまって録音を全て台無しにされてしまうと言うアナログなマーフィーの法則あるあるを経験している世代で感覚の相違があるのは当然であり、しかしそういった有象無象が混ざり合って、国境線もなく罵りあい混ざり合い傷をなめ合っている今のインターネットの中で何の価値こそがあり何の価値が無いのかについては近々書きたいと思いながらなかなか考えがまとまらない今日なのでありますが、そろそろ歯科医に行かなければならないのでお暇したいと思います。
それでは次回のブログ記事でお会いしましょう。

あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた筈だあなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた筈だ
菊地成孔

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