本谷有希子「乱暴と待機」

乱暴と待機 (MF文庫ダ・ヴィンチ)乱暴と待機 (MF文庫ダ・ヴィンチ)
本谷有希子

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四年近くもの間、二段ベッドが置かれた六畳間ひとつの古く陰気な借家で同居している三十歳間近の“兄”こと英則と、“妹”、奈々瀬。

奈々瀬は上下灰色のスェットにだて眼鏡姿で家に籠もり「あの日」から笑顔を見せなくなった英則のために日々“笑い”のネタを考えている。

保健所で犬の殺処分の仕事をしている英則は、一年前、天井板の一角に隙間を発見したのをきっかけに、帰宅後、屋根裏に潜り込んでは“妹”を覗くという行為を繰り返しているのだった...。




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劇団、本谷有希子で上演された舞台「乱暴と待機」の小説。
のちに映画にもなった。
本谷さん、先日ご結婚されたそうで(やんややんや)。

本谷お馴染み、コミュニケーション不全症の人々の織りなすドラマツルギー。
歪なコミュニティの物語。


自意識。

自分が誰かに見られたいと言う気持ち。

誰かに思われたいと思う気持ち。

誰かに大切にされたいと思う気持ち。

誰かにとって無くてはならない存在でありたいと思う気持ち。


本当の兄弟でも無く、
友だちでも無く、
恋人同士でも無く、

「復讐者」と「非復讐者」と。
「覗く男」と「覗かれる女」と言う関係性。

コミュニケーションを巧くとれず、イジメにあい自身のレゾンデートルすら疑う“妹”奈々瀬。
その前に復讐を口に現れた“兄”英則。

英則の存在は、例えそれがネガティブな復讐という動機であれ、
「誰かにとって自分が無くてはならない存在である」
と奈々瀬の事を唯一認めてくれた相手として存在する。


動機すら薄れ既に無く、形骸化し自動化された復讐というシステム。


そのシステムが英則と奈々瀬という二人のコミュニティを構築し、例え歪んでいても「愛情」より余程安定して永続的な関係性を継続させる装置として機能して来た。
システムの実際が機能的である必要は無い。
システムの実が空であったとしてもそれは関係無く、虚構であれなんであれお互いが互いに認め合い「復讐する者」と「される者」という因果な名目さえあればその関係性は成立する。

そして物語は、そのコミュニティの不安定さに、外的要因が加わり瓦解する過程が描かれる訳ですが...。


ここで描かれる関係性は血の繋がった「兄/妹」では無く、「恋人」でも無く、「復讐する者/復讐される者」という非常にネガティブで、後ろ向きな関係性ではある。

しかしあかの他人同士の一時の感情によって形成され、不安定で非確実に現在~未来に関係性の確実さを求める「愛」や「友情」よりも、「復讐する者/復讐される者」に於ける関係性には既に確定している「過去に確定的な原因・動機」があって、「たまたま同じ家庭に産まれた」という理由が関係性の本質になっている「家族」という属性より近い関係性なのかも知れない。



英則は家族を失い、奈々瀬は家族に辟易しだからと言って他人との関係を築けず、だからこそ過去にその原因を持つ「復讐」の関係性に身を浸す。

誰も信じられず、誰も自分の事を思ってくれない、必要としてくれない。

しかし「復讐する者/復讐される者」という関係性は確実で普遍で絶対的で。

例え関係性がネガティブであろうが、ポジティブな不確定より余程良い。

すべてが仕組まれ、周知であり、絵空事と嘘で構築された危うい関係性と、それを維持し依存しなければならない脆弱なパーソナリティ。

「愛情」が健全、なんてまったくもって嘘。

「愛」なんてキレイな言葉面はどうだって良い。

結局は、実際的/永続的に誰かに強く思われ、必要とされるか。

そこに集約されてしまう。


でもそれは、とてもとても難しい。

※2009年04月20日の記事を修正し再掲