「葉桜の季節に君を想うということ」を読んでミステリを想うということ

※ネタバレしそうな作品名のみ反転

葉桜の季節に君を想うということ (本格ミステリ・マスターズ)葉桜の季節に君を想うということ (本格ミステリ・マスターズ)
歌野 晶午

文藝春秋
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ミステリと言うのは非常に歪んだ文学作品だと思う。
読者に物語を提示しながら何かしらの罠を仕組む。嘘をつく訳では無い。
100要素があるとすればその内90や80は読者に提示する。
幾つかを読者に提示しない事で、或いは錯覚させる事で読者に思い込みをさせる。

ミステリと言うジャンルばかりを読んでいると「ミステリ読み」という御しがたい読者になる。
この「ミステリ読み」が御しがたいのは作者が提示した物語の底や裏を読もうとし、その構造や描写、配置や設定から「このミステリーの構造とはこのようだから」と作中の提示された物語以上のものを読み、作中で示される筈の真相をいち早く読み取ろうとする。
そして
「作者の意図と言うのは早い段階から提示されていて..」
「コード型ミステリであるが故にこの脱コードを意識した展開..」
「構造的にこの探偵は後期クイーン問題を意識させ..」

ジャーゴンを振りかざし、それっぽい「オレ解ってるぜ」感を醸し出す。
ミステリ読みとはかくも哀れな生き物であり、エンターテイメントをエンターテイメントとして楽しむのでは無く、エンターテイメントの構造を知ろうとする...いわば遊園地の施設で遊ぶのではなくそのスタッフの働きや施設の仕組みなどを解そうとするような人種である。
メタだのアンチだのそういうところに手を出したらもう引き返せない。
ミステリ作家とはそういう「御しがたい」ミステリ読みを相手に作品を書く。


そんな口幅ったいミステリ読みのお歴々にも評判が良いこの歌野晶午氏の名作
「葉桜の季節に君を想うということ」

ミステリ読みは裏を読もうとし、全ての描写を気にしながら
「あれ?ここでこれをこう言ってるのは?」
「なぜこれを言わないんだろう?」

などなど推理をしながら読んでいくが、あるところで
「あぁ、なるほど」
と真相に気づきうむむと唸らされる。


そして悩む。
どうやってこれを評すればいいか。
ネタバレなんて言い出したらほぼ何も言えないし。
誰かにこれを勧めるとしてどうやって勧めようか..。
「○○に似ている」
は一番よくない。
ミステリの肝心な部分はトリックであり「○○に似ている」と言えばそれだけでダメになる。

よく「最後にどんでん返しがあるミステリまとめ」
なんていうまとめがホッテントリしていたりするのを見かけるが、あれこそ下衆の極みで、作品をあのまとめを元に読むなら
「最後にどんでん返しがあるのか」
と知りながら読んでいくわけで、これほど興を削ぐものはない。
ロス・マクドナルド「さむけ」は最後の最後が凄いんだよー」
なんて知って読みたくなんかない。

ミステリ読みは、敏感な生き物なので匂わされるだけでも
「アレっぽいトリックじゃねぇかなぁ」
などと連想をしたりする。
これって貫井徳郎とかさ...あぁ、じゃあアレっぽいわけだ。
なんかアトポスみたいな...じゃあ、ああいう仕掛けか。
あっと言わされるミステリまとめ...この中に混ざってるって事は、ああいうトリックなんだろう。


「葉桜の季節に君を想うということ」は意外と語られて無い。
一見、素人探偵が悪徳業者を追い詰める青春物語。
そして恋の物語。
しかしその実...いや、なにを語ってもそれっぽいネタバレになってしまう。
ともかく読んでないなら一度読んでみればいい。
似た作品を挙げろと言うなら西澤保彦「神のロジック 人間(ひと)のマジック」でも挙げておく。

読み終わったら、
「ネタバレなしで人に勧める時、どんな風にこの作品について書くか」
考えてみるといい。
こんなに悩ましい作品もなかなかに無い。
それが解ると思う。


ということで、
ネタバレなしでオススメを書くのは難しいと言う言い訳の一文、これにて。