はてな村には「人が増えることを前提とした都市開発」が必用なのだろう

Arbeit Macht Frei
Arbeit Macht Frei / Lars K. Jensen

また、はてなの一部のコミュニティ・クラスタには独特の閉鎖性があるため、その様子を村の気質になぞらえて「はてな村」と呼ぶことがある。


はてな (企業)とは (ハテナとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

もうブクマ問題は掘ってもアリ地獄なので触れるのは無しにしようと思ったんだが、今朝はてブを見たら多数の記事が挙がっていた。
読んで気になったところが幾つかあったのでその部分だけ最後に言及する。

めんどくさい人は記事下部の「まとめ」だけでもいい。


まず
身内ブックマーク問題 - Life like a clown

記憶に残っている限りで最も古い事例は、2006 年 11 月頃に発生した これはspamですか? - 好奇心と怠惰の間 になります。この時は、とある大学の講義において「ブログ」と「はてなブックマーク」が題材に取り上げられた際に、受講生達がお互いの投稿記事を相互ブックマークし合った結果、一時的にですが、新着エントリー が該当記事で埋め尽くされる事態となりました。はてなブックマークのサービス開始から 1 年くらい経過した段階から、既にこう言った問題は顕在化し始めていた事が分かります。
これを今回の「身内ブクマ」と同列で論じているがおかしい。
この行為はオフラインに於いて打ち合わせした上で相互にブクマしあう行為。
現在の規定からすればスパム行為に相当する。
近年で言えば
ブログ『ビジネスサプリ( @kazuhisa1107 )』の熱烈な応援団が、すごいンゴwwwww - 世界はあなたのもの。

ブロガーなめんな! ブログを「応援してくれる友達」なんておるわけないやろ! - 世界はあなたのもの。
「世界はあなたのもの」さんで取り上げたこちらの問題に近い。

今回俎上に上がっている「身内ブクマ」と呼ばれるものは、
・同じテーマで書いたブロガーが相互にはてなブックマークを利用しブックマークしあう
・面識の有無、オフラインでの繋がりの有無に関わらない関係性で行われる
・事前のネゴシエートの有無やその際、恣意的な相互ブックマークへの示唆は含まれない
・継続性のは無く単発

であり、既にスパム行為と認定されている行為と同じ俎上で「身内ブクマ」として取り上げているのが正しいと思えない。

これは続く下部、
ソーシャルメディアコンサルタント林周平氏、GoogleGroupsで組織的なはてブSPAMの一部始終を漏らしてしまうの巻 - 原宿・表参道.jp
にも言えることで、これらの例は明白にスパム行為であり、切り離して考えないと本質がブレる。
逆に言えば切り離さずに考えるからこそ「相互ブクマの悪性」が目につくのだともいえる。
金銭への利益誘導を伴う「ブックマークスパム」とブロガーの「相互ブクマ」を同じ俎上で論じる事へは違和感を感じる。

そして「身内」ってなんだろうか?
どの様な条件を満たせば「身内」なんだろう?


次。
ゆるやかに衰退する都市 - tokyoescalatorgirl
これは直接関連しないが面白い示唆があった。

老人化する街、というのは、ヨーロッパの先進国もそうだ。少子高齢化が進み、移民に対して差別意識がある。最初にことわったとおりなにも調べもせずに印象だけで書いてるわけだが、世界全体の人口が増え続けて人類全体のリソースが少なくなってるなかで、少子高齢化社会に必要なのは子どもの生みやすい環境というよりも移民の住みやすい環境なんじゃないかと私は思うんだけど、そうは言ってもなかなか難しいですよね、というのが日本とヨーロッパ。


その点、もともと移民の国のアメリカはかなり違う。マンハッタンを歩いてて実感するのは、アジア人が歩いてても全く気にもされないことと、路地が碁盤の目状になっていて番号が振られているから、英語なんかできなくても目的地にたどりつけること。こういうのが移民を前提にした街だな、とおもった。


話はそれたがそういうわけで、日本の首都でもヨーロッパの首都でも、「これから人がたくさん増える」ことを前提とした都市開発は行えなくなっている。そうするとなにが起こるかというと、バリアフリーの乗り物であるエレベーター(と「歩いてはいけない」エスカレーター)はつけられるとして、ひとをたくさん一気に運ぶ乗り物であるエスカレーターは、場所の主役にけしてならない

古参が「原住民」とすれば、新規は「移民」に相当する。
はてなの現状は“これから人がたくさん増える”ことを前提にしているだろうが、古参の言う“はてなの暗黙の了解”は“これから人がたくさん増える”ことを全く前提にしていない。


次。
利用したのかされたのか
完全に滑ってる増田だがとりあげとく。

はてなが身内によるブクマを禁止してるどころか、ソーシャルとしての可能性にかけてみた。なのは当たり前なんですよ。
じゃあ、なんて君らの行為が批判されたかというと

お前らの記事が単純に

つ ま ら な い か ら 

に帰結するんですね。

もはやダブルスタンダードどころじゃない。
俺らは仲間内でも面白い記事ブクマするけど、お前らは仲間内だと糞記事ブクマするからやめろ。
このジャイアンスタイルは、本質的に間違ってない。

クソのように中身の無い典型的な「増田」のクソらしさが現れた典型例だが、こういうダブスタどころか
「古参と言う漠然とした称号を背景にした漠然とした新規集団への不快感」
というのは一面的にはあるだろう。
気に入らないなら自警団でも作って巡回でもしろや。

以前に公園デビューを例に出したがあぁいう「古参vs新規」の構図はどこでも同じ。
まぁ、盛り上がってないんでどーでもいい。
ちなみに「謝罪始めちゃったね」って読み違えが寒いから盛り上がらないんだろう。


自分で檻を作って自分で入った奇妙な生き物
士朗正宗のアップルシードと言う作品に出てくるセリフだが、人間はコミュニティを作り自ら檻の中に入り自らを縛り付けることで安心を得ようとする。
はてなと言うサービスを利用し、その中の経験則で得たことを「暗黙の了解」として、それを認識しない人間らを揶揄する自称“古参”のスタンスには疑問しか感じない。もしサービスの新規利用者に対してその認識が必要なのであればはっきりと明文化されるべきであり、現在のようにネットワーク上に様々なSNSが登場し、複数のサービスを掛け持ちするのが当たり前の現状にあって、日々ネット上の状況が様々に変わりつつあるのに「お互いを知っているブログ同士でのブクマはいけない」などというのは時代錯誤と言うか、現状に即していない。
「暗黙のルール」であろうが、それが明文化されユーザーに提示され、現状に最適化されていないにもかかわらず、パラダイムの異なるインターネットでの経験則を元に作成された自分ルールを勝手に規定する。

自称“古参”ユーザーがどれだけ偉いのか知らないが、増田で批判を書くだの、ブコメで批判するだけしか能がないのであれば、それは自己満足。価値はない。
長くやってる、なんてものは誰でも時間が経てば勝手になるものでしかない。
どんなクソな人生を送ろうが、誰しもがいずれ老人になるように。


次。
暗闇模索中 - 見たまま感じたままに

はてなブログをやってる人たちには常識なのかもしれないけど、はてな村とか増田とかサードブロガーとかアルファブロガーがあること、ブログを始めて知った。

はてなスターの使い方とか記事の公開のしかたとか少しは理解出来たつもりだけど、まだまだ分からない部分が多い。

(中略)

第一誰に聞けば良いかも分からない。リアルの村なら村長さんにでも聞けば解決するかも知れないが、はてな村の村長は犬だとか訳の分からないことが書いてある。自分の理解力のなさを呪いたい、チンプンカンプンだ。

郷に入れば郷に従えなんて言葉があるし、はてなでもそういう習慣なりやり方を学びたいとは思うけど、どこを探して良いのやら。ブログを始めたのは僕の意志だけど、全く自分の知らない世界に紛れ込んだ感じで、それは自分で感じて自分なりに理解するしかないんだろうな。

全く知らないはてなの世界、色んなことを知れるという期待感がある反面、心細い世界だ。ブログなんて好きなことを好きなように書けばいいと思っていたけど、実際やってみると、はてな内の暗黙の了解みたいなものがある気がして、それがはてな村なのかとも思うけど不思議な感覚。

はてなスターは好きな記事に付けているし、読者登録も断りも入れずにしているけど、スターの個数とか相互スターみたいなルールがあるのか、読者登録の時はコメントを残した方が良いのかとかまだ分かってない。

新規と言うのはこういうもの。

そんな様子を見て
「空気読めよ」
「古参は暗黙の了解なのに新規ときたら...」
「過去にこのような例があり相互ブクマと言うものは...」

増田やブコメで批判を書いて他人を見下し悦にいるだけ。
暗中模索の新規を放置して何もしない自称“古参”なんざ老害以外の何ものでもない。

犬の村長さんは最近大人しい。


まとめ

ざっくり読んでみたところ
・他SNSでの繋がりをはてブに持ち込む事の是非
・ブロガー同士の相互ブックマーク(非継続・短期)
・「うちらの世界」古参ユーザーの言う「暗黙の了解」の曖昧さ
・新規ユーザーが理解するための導線の少なさ(自由度があるから良い面も存在する)
・「身内」ブックマークの「身内」の曖昧さ
・明確なスパム行為とスパムと認定されていない行為の同一視
はてなブックマーク利用者とブログ利用者、または両利用者の混同と一括論
はてブはカジュアルに使うべきか?厳正に使うべきか?
・批判されるべきはルールを明文化しない公式か?新規利用者か?揶揄する古参か?

こんなところが目についた。


はてなブログの中の「うちらの世界」 - はてブのまとめ
ポナコ氏の言うように

はてなブックマークは、かなり絶妙なバランスによって保たれているサービスです。
今新規のはてなブロガーが増えたことによってこのバランスが傾いてるんですよ。
新規のブロガーが増えているのであればそれは歓迎すべきであって、それにもしサービス自体を不安定にしかねない懸案があるのであればそれは明文化されて然りだろうし、それをもし放置しているのであればそれは公式が悪いと言う話であって、サービス利用者がとやかくいう事でも無い。
しかし自称「古参」は新規の行為を批判するのみで、ましてや増田に悪口や批判を書いて満足しているが批判されるべきは公式じゃね?

勝手に言ってる「暗黙の了解」を誰にどう理解しろと言うのだろう。
犯罪や違反行為を行ったわけでもないというのに。


はてなブログはてなブックマーク、は別のサービスであり、今や他のSNSもある上に、それぞれの利用頻度も利用形態も違う。
千差万別、様々な人物が自由に利用できるサービスのはずがいつの間にか既存ユーザーにより「暗黙のルール」が敷かれ、それに引っかかると批判される。罠はとっくの昔から、そこらじゅうに張られてる。
判例は過去にあるんだ。ggrks。
知らないお前が悪いんだ。
情強狼は生きろ情弱羊は死ね。
暗黙の了解、空気を読め。
さすが「村」呼ばわりされるだけの事はある。

ミスマープルに「旧弊的な「村」ほど窮屈で悪意に満ちている」と書いてあったな。


はてなブックマークの3つの特徴

「気になるあの人が読んでいるページ、自分も読んでみたい。」
「このページを読んだほかの人の感想を見てみたい。」
「面白いページを見た。この面白さを他の人にも伝えたい。」
ブックマークを他の人と「共有」するというはてなブックマークの二つ目の特徴が、これらのニーズに応えます。

ブックマークは公開、共有されるので、他のユーザーのブックマークを閲覧することができます(非公開にすることも可能です)。
このページは是非他の人にも見て欲しい、そう思ったページはどんどんブックマークしましょう。いっしょに感想や要約をコメントしておけば、必ず誰かの目に触れるはずです。
はてなブックマークは、閲覧したページの感想を寄せるコミュニティとしても動いています。ブックマークしたページのコメントをチェックすることで、他のユーザーの感想を知ることができます。

はてなブックマークにおけるスパム行為の考え方および対応について

はてなブックマークでは、新着エントリーや人気エントリーへの掲載のために行われる不正な行為を「スパム行為」とし、表示制限措置や利用停止措置の対象としております。
なお、ご自身が運営するウェブサイトを自身のアカウントでブックマークする行為については、特に問題としておらず、表示制限措置や利用停止などの対象とはしておりません。ただし、ご自身が運営されているウェブサイトをブックマークする場合でも、運営ウェブサイトの内容や態様によりスパム目的であると判断できる場合や、機械的な高頻度のブックマークなど、通常の利用を逸脱していると判断できる場合には、表示制限措置や利用停止などの対象となる場合がございますので、ご注意ください。
はてなブックマーカーは自分らが作った手前ぇルールの「うちらの世界」だけではなく本来の「はてなブックマークとは?」をもう一度読み返す方がいいのではないだろうか。
このページは是非他の人にも見て欲しい、そう思ったページはどんどんブックマークしましょう。いっしょに感想や要約をコメントしておけば、必ず誰かの目に触れるはずです。
しかしブログをやっている人間は気軽にブックマークしてはならないのだそうだ。
気づけばここはアウシュビッツの様。
昔からいる捕虜が、新規に
「お前らは何にも知らないのに余計なことするな」
とつぶやく。

ほっとけや。
規定を破れば銃殺されんだから。
銃殺された時に騒げ。


大事な事なので何度でも言うが、相互ブックマークを推奨している訳ではない。
カジュアルに、面白ければブクマすればいい。
もし公式に厳密に規制しはじめて、ブロガーが重荷になったり、それが気に入らなかったらdeliciousに戻る。

どっちもただのユーザーなのに古参だの新規だのの議論のアホらしさ。
古参をわざわざ喧伝するなら新規に親切にしてやれ。
めんどくせぇ...。
もう知らん。
あとははてブのまとめさんでやっとくれ(ヨロシク―)。
ウチは、こーいうのが嫌だからグループだのなんだの抜けたんだから。

働けば自由になる(ドイツ語: Arbeit macht frei)は、そもそもは19世紀後半のドイツ人作家が用いた小説のタイトル。20世紀前半、ナチス政権が強制収容所のスローガンとして用いたことで幅広く知られる語となった(ナチスの造語ではない)。定訳があるわけではなく、「働けば自由になれる」「労働は人間を自由にする」など様々に訳される


働けば自由になる - Wikipedia