“はてなブログでは引用するスタイルが多い”ということなので早速引用してみる

はてなブログは引用して言及するスタイルが多い - 怠慢録
あら?
ウチも引用は多いんですよ。
よく判らないが読んでみよう。
はてなブログでは引用するスタイルが多いと言う前置きがあって

その役割の一つが、引用されやすいということでしょうか、そうなりますと、引用を元に言及するブログが多くなることは必然で、このスタイルが定着化していることになります。学術分野でも論文が引用されることが、ひとつの誉になっていますから、そういった感じでしょうか。そこで、引用することにどんなメリットがあるのかを考えて見ました。
特にはてなブログでは引用が多い、ということはない。
そもそもどこであれ、何かしら言いたい人のブログには引用が多いだろう。
書評ブログにも対象よりの引用部は多い。
どこぞの書店は一つの記事がほぼ引用で埋まってたくらいに。
引用とは既知の教養・知識を使う事で記事の補強を持たせる効果もある。

で、ここから引用のメリットが始まるわけですね。


①ネタ探しに困らない。

新たなネタ探しに頭を痛めなくても、引用したものに触れるだけで一つの記事が出来上がります。形としてはテスト問題形式みたいな感じですね。あの人が、こんな事を言ってるんだけど、オイラはこう思うわけ。まあ、「人の褌で相撲をとる」みたいであるとも言えるのですが。

そうですねー。
でも人の褌で相撲を取るにしてもその事象に対して何かしら違う意見を構築できるからこそ書けるわけですよね。
「○○さんがこう書いてました。私もそう思います」
じゃあ記事にならない。
「○○さんがこう書いてました。私はこう思います」
「○○さんがこう書いてました。私の場合は▼▼もですね」

そういう「批判」や「同調付与」の場合、まずその事象を捉えないとダメですよねー。
なにやら「メリット」と書きながら批判的な論調ですね。

引用とはそもそもなんでしょうかね。

引用(いんよう、英語:citation, quotation[1])とは、広義には、他人の著作を自己の作品のなかで紹介する行為、先人の芸術作品やその要素を自己の作品に取り入れること。報道や批評、研究などの目的で、自らの著作物に他の著作物の一部を採録したり、ポストモダン建築で過去の様式を取り込んだりすることを指す。狭義には、各国の著作権法の引用の要件を満たして行われる合法な無断転載等[2]のこと。


引用 - Wikipedia

だそうです。
「他人の著作を自己の作品のなかで紹介する行為」
「報道や批評、研究などの目的で、自らの著作物に他の著作物の一部を採録」

そういうために行われる転載を指す。
ブログの記事と言うのは広く開かれた著作ですから引用が認められてますね。
引用が認められてるのに引用するブログは気に入らない、と。
批判的ですねぇ。

でもYoutube貼り付けるのは、引用と違うんですかねぇ?
動画も「著作」ですけどねぇ。


②引用したことにより、もちつもたれつ関係が成立する。
あの人、私の記事を引用してくれたわ、嬉しい。じゃあ、今度は私が引用してあげなくちゃ、と互いに喜びを感じあったりして、それはそれで微笑ましいのですが、それが常態化しますと、苦しくなってしまわないかと心配です。
こういうことを思うブロガーっているんですかね?

どこかで統計をとった結果か何かしらのデータが裏にあるんですかね。
確かに反証可能性は無いですが、これって何かしら論理再現性がある話ですか?
悪魔の証明ですけど。
アンケート取ってみたいですねぇ。

ウチは引用されることもありますけど「お返しに引用してあげよう」と思ったことはないですねぇ。
それこそ「キャッキャウフフ」な馴れ合いですね 笑
そんなに器用な引用が出来る文章力は持ってないですよ。
記事を書くなんてそんなに「お礼にサクッサク」出来ないですから。
そんなことはブログを読む人には関係ない話で、読み手を考えれば書かないですねぇ。

③引用言及することが一つのステータスになっている。
学者気分なのでしょうか、それもブックマークがこれだけ付いているんだぜ、と誇り顔が目に浮かびます。まあ、それで充実感が得られるのなら、ご自由にどうぞとしか言えないのですが、まあ頑張って下さい。
ハイ、頑張ります 笑
学者気分ではないですけどね。

④言及することに快感を覚える。
毎回、毎回引用をしていますと、もはやこのスタイルから抜け出せずにいる。たとえが悪いですが、若い鼻血ブーのお兄ちゃんがマスターベーションを毎日楽しんでいるようなものです。
そうですねー。
鼻の内側の血管が薄いので鼻血はよく出ます。


はてな村しか引用してないっつーことですがそれもまたなんですかね。
広く浅くなネットライフなので必ずしも
はてな村で馴れ合いやってどーこー」
みたいなことはないですかねー。

どこかにそんな仮想敵がいるのですかねー、よく判りませんが。


えぇ。
で、なんなんですかね 笑
ブログで引用やってるやつは気に入らないって事でいいんですかね。
ネタをパクってネタにしてどうのこうの、と言うのであれば社会問題であれ広く知られたニュースと言うものをパクって勝手に語っている訳で、それこそ学者気取りですね。
同じニュースを引用無しで語るのは是で引用して語るのは非と言うのもおかしな話。
何が違うんですかね...。


ブログと言うのは何を語っても然り。
見境無しの悪意をまき散らすならそれなりに筋が通ってればいいですが。
裏付けもない印象論。
単に「気に入らない」ことに理由を付けたいんですかねぇ。


例えばAという事件があったとする。
それをブログが語ってA+と言う見解が著される。
そのA+に対して別のブログがA++あるいはA+-という記事が書かれる。
もしくはA+から敷衍してBと言うものが書かれる。
それもまたブログ文化ですよ。
全く考えの違う人間が引用しあい新たな見解が生み出されることもある。


そうやってA+について触れる時に、勝手に改竄を行ったり、解釈で捻じ曲げないためにA+の引用を行い言及し自身のA++を著す。
そのことにそれほど否定的な見解を持ちえないんですよ。
それこそ勝手に「はてなブログ世界は引用が多い」と自身の観測範囲から前置きしたうえで

学者気分なのでしょうか、それもブックマークがこれだけ付いているんだぜ、と誇り顔が目に浮かびます
何の裏付けもない決めつけ。
誰かがどこかのブログに
「こうやって引用を行うことで学者気分になれる。最近ブックマークも多くて実に誇らしい」
とでも書いてあったならまだ納得も出来るんですが。
いやはや。


ちなみにウチでブクマが多い記事は正直辟易としますね。
もっと多くついて欲しい記事に全然つかない。
需要と供給の見解には乖離があるので「どやっ」なんて顔は少なくともできないですねー、えぇ。


それは違うだろうというご意見があれば、どうぞ、ご自分のブログで書かれたらよろしいかと思います。しかし、この引用言及もブログ村内だけに限定されているようですね。単に引用するなら、社会に山ほど流れているニュースなんぞを引用してもよさそうな気がしますが、そんな引用はあまり見ることがありません。これはまたこれで、超不思議なことなのです。はてな村という閉塞感が心地いいのかもしれません。
だそうなので書いてみました。
書いてもいいということですので。

ウチは過去記事でも、はてな同士での引用ばかりではないですよ。
はてなブログですがね。
お粗末。
(fade out...)
ポパー 批判的合理主義
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