中村明日美子「ウツボラ」今さら考察

ウツボラ(1)

世界には二つのものしかないと思っていた
「こっち」と「あっち」だ

そして 自分は常に「こっち」に立っているのだと
ずっとそう思っていた


しかし
「こっち」がなければ「あっち」もない
「あっち」がなければ「こっち」もない
二つの存在がお互い無くしてはありえないことに気づいた時


私は 世界の さかいめが分からなくなった

作家 溝呂木 舜の元に 警察から 電話がかかって 来る。
飛び降り自殺した 女性の 携帯電話。
その発信履歴に 溝呂木の 名前が あったという。
病院には 頭が潰れた 女性... 藤乃 朱 の遺体と 双子の妹 と名乗る 三木 桜 がいた。

溝呂木は「ウツボラ」という作品を発表していた。
しかしその作品は盗作だった。

才能が枯渇した作家とストーカー、そして盗作。
二人の女性のアイデンティティの境界が崩れていく。


中村明日美子ウツボラ」は、ミステリー作品としての 側面も持つ。
時系列で並べ直すと かなり分かりやすいが、それでも 矛盾点が 見えたりする。

その辺りを幾つか ネット読者の「考察」を読んでみたが 自分の解釈とは 違っていた。
それらの理屈 だと 一つの「大きな矛盾」が 解消出来ない。
そこを無視して進めているようにも感じた。

その解釈を 以下に ネタバレありで 書いていくが、作者は これだけ 時系列と描写 を交錯させることで 二人の女性を渾然としようとした。
この作品は「どちらがどちら」という解釈がなくても それはそれで良いのだと思う。



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ウツボラ(2)
まず承前〜自殺までを時系列に。


・秋山 富士子は、溝呂木 舜の熱狂的なファン。
ファンレターを 大量に送っている。
名義は「藤乃 朱」
同名義で 小説も書いている
(あき)やま(ふじ)こ→ふじのあき

・生命保険会社に 勤めいていたOL 浅XXXXが 大金を横領し失踪する。
ヤミの医者で整形手術を行う。


図書館で二人は出会う。
秋山 富士子に浅XXXXは「三木 桜」と名乗る。
※「三木 桜」は秋山 富士子の部屋(アパート2F)に転がり込んでいたのか通っていたのかは不明だが、マンションの一室(5F)を借りてる(横領した金を隠してある)。


・秋山 富士子は自身の「藤乃 朱」名義「ウツボラ」を新人賞に応募するため原稿を送る。
秋山 富士子の書いた小説を「三木 桜」が「藤乃 朱」名義で出版社へ送る。


※ここで「藤乃 朱」の原稿が二つ存在することになるが、コピーもしくは複製したか不明


→出版社に同じ名義の原稿が二つ届く


・辻が、新人賞に応募された 秋山 富士子の原稿を隠す。
溝呂木 舜が、新人賞の応募書類の中から「藤乃 朱」の名前を見つけ持ち帰る


・溝呂木が盗作し読み切り作品として「ウツボラ」を発表
→ここで秋山 富士子と「三木 桜」が同じ作品を送ったことを知る
※秋山 富士子の部屋(アパート2F)

・「三木 桜」が「藤乃 朱」を名乗り出版者パーティへ潜り込む
→溝呂木と「三木 桜」が関係を持つ
※溝呂木は不能なので未完で終わった筈
※秋山 富士子の部屋(アパート2F)で秋山 富士子と「三木 桜」が関係を持つ

・秋山 富士子が「三木 桜」に似せて整形する

・溝呂木と「藤乃 朱」が関係を持つ(数度)

・どちらかが投身自殺する


#12
屋上から飛び降りそうになる寸前の「三木 桜」に対して溝呂木が
「君が『ウツボラ』を書いたんだね」
という質問に
「そうです」
と答える。
「熱狂的な溝呂木のファン」秋山 富士子が「ウツボラ」を書いた、と言う流れに矛盾しない。

溝呂木は、秋山 富士子が「藤乃 朱」名義で郵便ポストに入れた原稿を読んでいた。
それと同じ名前を辻のところで見つけ原稿を持ち帰った。

「きっと彼女のことを書いて下さいね」
そう言って「三木 桜=秋山 富士子」が飛び降りる。
飛び降りながらモノローグで
「先生きっと私のことを書いて下さるわ」
と言う。
この「彼女」とは「藤乃 朱」。
「藤乃 朱」は、浅XXXXであり、秋山 富士子でもある。
冒頭で投身自殺したのは、浅XXXX
その後、ショートカットで立ち回ったのは、秋山 富士子


そして#13
溝呂木が原稿を書いているところから始まる。

このあと自殺に失敗した「三木 桜」が溝呂木に会いにいく。
ここで
「君は 『ウツボラ』の作者じゃない 僕は『ウツボラ』の作者には一度きりしか会っていない そうだね?」
と問う。
「はい」とも「いいえ」とも答えずに泣き出す。
ウツボラ』を溝呂木の手で完成させるための計画。
これを「是」とするなら死んだのは「秋山 富士子」になる。

冒頭で投身自殺したのは、秋山 富士子
その後、ショートカットで立ち回ったのは、浅XXXX


ここで矛盾が生じている。
作中の「三木 桜」は浅XXXXだったのか、それとも秋山 富士子だったのか。
冒頭死んだのは浅XXXXだったのか、それとも秋山 富士子だったのか。


コピーライトとアイデンティティ――中村明日美子『ウツボラ』論 - 鳥籠ノ砂
意味性に関してはこちらの考察も面白いしクオリティが高い。

溝呂木が不能であること。
種を残せない、遺伝子を次へ残せない、というのは女性同士の関係でもある。
種=作品でもあるだろうし「溝呂木舜と藤乃朱」の二人の間に出来たのが「ウツボラ」だろう。
最後に妊娠している子が辻の子供なのか、溝呂木の子供なのかは定かでは無いが(溝呂木が奇跡で種を残せたからこそ自殺したという見方も出来る)どちらにしろ「ウツボラ」という二人...いや、三人の「子供」はで来たことになるし、秋山富士子+浅XXXXである「藤乃朱」は「ウツボラ」の登場人物として残る。


#13で溝呂木は「ウツボラ」を完成させる。
その原稿の冒頭は
XXXXXXしかないと思っていた。
XXXXXX」だ。そして、

と書いてある。
そして「ウツボラ」1巻の冒頭を見ると

世界には二つのものしかないと思っていた
「こっち」と「あっち」だ

そして 自分は常に「こっち」に立っているのだと

つまり溝呂木が書いていた「ウツボラ」とは作中作ではなく、この作品世界そのものを含む作品。
冒頭から読んで来た物語が実は溝呂木の作成したセカイ、もしくはその大元となる「物語の中の現実」セカイであり、#12と#13は作中と作外の境界なのかも知れない。
だとすれば矛盾はしない。
一つのセカイでは「秋山富士子」が死んだのであり、一つのセカイでは「浅xxxx」が死んだ。

この物語は「秋山富士子」と「三木桜」という二人のアイデンティティの境界...「誰が誰であるか?」を茫漠とさせる作品であり、「溝呂木舜」と「藤乃朱」の生み出す「ウツボラ」という(上記リンク先の方の言葉を借りるなら)コピーライトを茫漠とさせ、そして作品世界における「溝呂木舜のウツボラという小説」と「中村明日美子ウツボラと言うマンガ」の境界を茫漠とさせるメタな構造が見える。
このメタを是とすればどの部分がメタで、どの部分が地の部分でもありえる。

竹本健治匣の中の失楽」で二つの物語が交錯し、それぞれのセカイを否定することで物語セカイをメタ構造にしてみせたように、「ウツボラ」もまたメタ構造を持っているんじゃないだろうか。
果たして何が物語セカイの「真実」で、何が物語セカイでの「虚構」なのか。
「物語」を内包する「物語」
女性が子供を胎内に孕むように、作家は現実から脳内へ物語を生み出す。
虚構と現実、セカイとセカイ。

一つの要素の解釈次第で見える風景が変わる。
それが明確でないからこそこの作品は面白いんだろう。
匣の中の失楽 (講談社ノベルス)