アナタに必要な「文章力」ってなんだろう?

http://www.flickr.com/photos/27605401@N00/5264723788
photo by boardshots

文章力を向上させるシンプルで具体的な方法 - 自由日記
読んだ。

そこで、文章力を向上させるのに非常に実践的かつ効果的な方法がある。

それは名文、名作といわれる文章を紙に書き写すことである。

「なんだそんなことか」と思われるかもしれないけれど、一日10分だけでも毎日続けることで効果を実感することができる。
これまで全く文章が書けなかった人もこの方法で書けるようになってくる。
とにかく少しの時間でも続けることが重要である。

「文章力」は誰しもが欲しいのだろう。

ネットは「コトバ」のセカイ。

いかに上手い言い回しをするか、キレイな言葉を書くか。



でも「文章力」と連呼するその「文章力」とは果たして何だ?

皆が追い求め、欲しがり、それでも得られない「文章力」とはなんぞや?



読み手は、ブログに何を求めてるんだろうか。

そりゃ、キレイな文章であることに越したことは無い。

しかしそういう「堅苦しい文章」は評価されづらい一面もある。

ブログ、ネットは「言葉の良し悪し」で評価されるわけではない。

ウチにしろ書きなぐったようなものが話題になることもあれば、逆に丁寧に言葉を連ねて無視されるものだってある。


ネットは「コトバ」のセカイ。

いかに上手い言い回しをするか、キレイな言葉を書くか。



でも「文章力」と連呼するその「文章力」とは果たして何だ?

皆が追い求め、欲しがり、それでも得られない「文章力」とはなんぞや?

インターネットとは、キーボードから入力された言葉で出来上がった世界だ。
どれだけ上手い表現を使えるのか。
端正で整った文章を作り上げる事が出来るのか。
“文章力”
それが問われる。
しかし皆が言う“文章力”とは果たして何なのだろうか?
この記事では漠然と使っているその“文章力”について考えて行きたい。


こんな書き出しで始まってたら自分だったらそっとブラウザを閉じる 笑

めんどくさい。

文章力を上げる方法!だったらそれを箇条書きすりゃいい。

それだけ読んで「いいね!」して終了。

その程度の事しか求めてない、求められてない。

プロが書いてる本じゃないんだから。

素人が書いてる「文章力を上げよう」に何を期待しろと言うのか。

【関連過去記事】
ブログ記事の書き方について少し考えてみる雑文 - あざなえるなわのごとし



飲めば都

作家 北村薫の文章はとても素晴らしい。

一例としてインタビュー記事から一部を引用してみる。

―内容もさることながら、表紙のイラストも特徴的です。このイラストに描かれているネコは、登場人物の小此木さんの絵に因んだものですか?


北村  「私の本によく挿絵をつけてくださる方の一人に大野隆司さんという方がいます。大野さんは眉毛のある特徴的な猫を描かれるんですけど、今回の本の挿絵も大野さんにお願いしようと思っていました。

また、先ほど言ったように、都が最後は結婚して、ということを考えていたんですけど、どういう人と結婚して、というのは決まっていなかったんです。でも、書いているうちに“あ、大野さんだ”と思い当たって、猫の絵を描いている人と結婚することにしました。それがすごくしっくりきたんです。 何かものができた時、植物の種を蒔いて、それがどんどん育っていって形が整ってから、“それでこうしていたのか!”と最初の方の試みについて後から納得することがあります。

そういう風にして大野さんの絵の世界と小説の世界がくっついていったんです」

bestseller's interview 第30回 北村 薫さん

この受け答えだけで北村薫と言う人の言語能力の高さが判る。

まず「よく挿絵をつけてくださる」「大野隆司さん」

その方は「眉毛のある特徴的な猫を描かれる」。

この作家の特徴(前提)はこの後に生きる。

自作の登場人物「都が最後は結婚」する展開を作中考えていたが、結婚相手は考えていなかった。

北村氏は書きながら「猫の絵を描いている人と結婚することにしました」と考えるとしっくりきた。

なぜかと言えば「眉毛のある特徴的な猫を描かれる」方だから。

朴訥とした、しかし個性的な絵を描く結婚相手に相応しい、と感じたイメージが伝わる。

そして、その連想が繋がった状況を

何かものができた時、植物の種を蒔いて、それがどんどん育っていって形が整ってから、“それでこうしていたのか!”と最初の方の試みについて後から納得することがあります
と例えた上で、最後に

「大野さんの絵の世界と小説の世界がくっついていった」

と締める。

素晴らしい。隙が無い。

この短い文章の中にキチンとした構成が出来ている。

無駄がないし必要な要素が揃ってる。

書き言葉ならまだしも、話し言葉でこれだけキレイなコトバを使える技術力の高さが窺える。



しかし、だからと言って皆が皆、北村薫のような言葉では面白くない。

「ブログで集客を上げるタイトルの作り方!」

皆が真似すればするほど面白くなくなるのと同じ。


ネットはコトバの世界だ。

言葉がその人の個性を作り、ネットの上の書き手の代わり(アバター)になる。

だったらそこに「個性」があるのは当然の事。


例えば画家ならルノワールレンブラントのような絵を描いてみたい。

でもピカソやシャガールを比較して絵画としての価値が落ちるわけではない。

ダリやエゴン・シーレだって素晴らしい。

ジャクソン・ポロックマーク・ロスコだって素晴らしい。

言葉や絵など、創作においては、キレイであることが必ずしも至上ではない。


「文章力を上げる方法」

それは作品を多く読み、多く書くことだろう。

誰かの模写では無く、思ったことをそのまま書けばいい。

そして自分で読んでみる。

たまたまアクセスした読者の気持ちになって。


もし自分が読者ならどこがおかしいと思うだろう。

もし自分が読者ならどの部分が必要ないと思うだろう。

そして削り、整え、添削する。


そんなこと毎日やってれば自然に「文章力」なんて上がる。

誰の真似でもない自分自身の「文章力」が出来上がる。

そういうものじゃないかな。


人気のブログを見れば、どれも個性的で素晴らしい。

自分の言葉で自分の気持ちや思考を語っている。

独特の言い回し、言葉の使い方、構成、改行、接続語。

それぞれに癖があり、瑕があり。

しかしそれが個性になってる。

そういう人だって最初は書くことが上手くなかっただろう。

でも毎日、書くうち、読み手の自然な感覚で、自分の文章を眺められるようになる。


簡単なダイエットが無いように、簡単な筋トレが無いように。

文章だって書かなきゃ技術が上がるわけがない。

誰もアナタに文章力なんて求めてない。

求めてるのはあなたの発想と想い。

それを書いてくれれば、読み手はきっと満足できる。


アナタに求められている「文章力」とは、そういうものではないだろうか。
自分だけの一冊―北村薫のアンソロジー教室―(新潮新書)