椎名林檎を好きだったが、今は知らない

三文ゴシップ
「椎名林檎」好きの「東京事変」嫌いだったわたしの半生記~林檎ちゃん35歳の誕生日によせて | ねとぽよ
シンクロニシティ部分あり、違う部分もあり、大いに違う部分もあり。



自分が初めて椎名林檎を観た・知ったのは「ここでキスして」のPVだった。

別記事でも書いたがこの冒頭のブレス
「(はぁっ)I Never~」
に「ゾクッ!」っとして録画したものを何度も繰り返し観ては再生した。
CDを買って、当時ダフ屋が六万円を付けてたNHKホールのライブ(下剋上エクスタシー)にも行った(生涯初めてファンクラブ入って、正規ルートでチケット買った)。

生で観た椎名林檎は確かにすごかった。
当時どっぷりとオルタナティブ・ロック小僧の自分からすれば、NIRVANAやDINOSAUR.JRの延長線上に椎名林檎は存在して、こういう音を鳴らす女性は他に知らないし、こういう音をこの桁で鳴らすバンドも存在してなかった。
だからこそハマった。


こういうことは、現在では忘れられてしまった話なのかもしれない。だが、私が今でも持っている当時のKERAには、14ページに渡るほどの椎名林檎特集が組まれている。そう、主張の強いファッションだったこともあり、彼女はあの頃、実は”ヴィジュアル系”にハマっていくような女の子たちに愛されていたのだ。少しゲテモノ、ちょっとかぶいている。そんなイメージの歌手、それが椎名林檎だった
そして自分が椎名林檎から離れたのはそういう女性のファンが見え始めたからでもある。
売れて、話題になって、なればなるほど自分のイメージとズレる。
そしたらベンジー、あたしをグレッチでぶって

丸の内サディスティック

フジロックサマソニにフル参戦。
RADIO HEAD、NIRVANAスマパン、ギターロックばかり(ロキノン系と嗤いたければ嗤え)聴いていた当時にど真ん中の音。
突拍子もない歌詞と世界観、オルタナティブ・ロックの音進行。
そこに自分がオルタナティブロックとして捉えていたはずの椎名林檎は、いつの間にか桟敷のステージを行ったり(元記事で言う)メンヘラな女性らに支持されていて、気づけば椎名林檎は売れまくっていて、それこそカート・コバーンのように燃え尽きようとしていた。
多分、椎名林檎はもっと売れないまま活動を続けて、好き放題やったところで売れれば随分と違ってたんだろう。

中村一義が“100s”を始めたように、椎名林檎が各所インタビューで「バンドをやりたい」発言をしていたのを読んだし、だからこそ東京事変が結成されるのは自然な流れだった。
そこで自分が離れたのも自然な流れだと思う。


変わっても好きとは言えない

ブルーハーツは大好きだったが↑THE HIGH-LOWS↓はあまり好きじゃない。
ブランキーは大好きだったがベンジーのソロやロザリオスやJIM SPIDERはあまり好きじゃない。
ミッシェルは大好きだったがROSSOもThe Birthdayもあまり好きじゃない。
ミュージシャンのその「音」はそのメンツでの、そのケミカルが引き起こす偶然性やそのメンツだからこそ「ならでは」による部分が大きい。
同じボーカリストがソロになったからと言ってかつての曲を鳴らしてもそれは同じ音ではない。
イアン・ブラウンがローゼスの曲をやっても、それは「かつてのセルフカバー」でしかないが、ローゼスが再結成するとなったら大騒ぎするように、誰しもそれは判っているしそこに価値を見ている。
お猿さんが三度笠を振り回しながら「FOOLS GOLD」とか演奏されてもぐぬぬ...なわけだ。
変わってしまえば、それを好きかどうかなんて解らない。


かつてとある人物と話した時に椎名林檎の話が出て
「あぁ、デビューの時に才能出し尽くした人ね」
と言われて、ぐうの音も出なかった。
実際ハマってたのは「幸福論」~「勝訴ストリップ」までで、「加爾基 精液 栗ノ花」の頃には気持ちはかなり離れていた。
そこで反論する論拠は何も持ってない。
バンドになった椎名林檎は、同じ椎名林檎だが、かつての椎名林檎とは違う。
トム・ヨークがソロワークで鳴らす音は、レディオヘッドと大きく違うし、別バンドのAFPで鳴らす音はさらにまた違うように。


ファンとは勝手なモノで「このミュージシャンはこういう音だ」と勝手に決めている。
だからその期待した音と違えば「変わった」「コレジャナイ感」と言い始める。
しかし同じ音を繰り返せば「マンネリ」「金太郎飴かwww」と揶揄される。
めんどくさい。
鳴らしたい音と、求められている音はイコールじゃない。
そりゃニール・ヤングくらいのベテランになればどんなにテクノな音を鳴らして、ジャケットが近未来でも「お、おぅ...」と認められるが
Lucky Thirteen
...いや、エレポップで、このサングラスは苦笑されるだろうし、ライブでフォークロックとエレポップのチャンポンはかなり微妙だけれど、それでもブーイングはされない...筈。
(そもそもニール・ヤングに見えないのが問題)


繰り返される諸行無常

大きく変わったのは向井秀徳だろう。
NUMBER GIRLで鳴らした焦燥音楽から和のテイストを重視し始めたところでバンドが解散。
そこから一変した音はアバンギャルドなミクスチャーに変身した。
すとーりーず
「透明少女」の若さから湧き出るリビドーと焦燥感を併せ持ったヒリヒリするようなオルタナティブなギター・メガネ・ロックだったNUMBER GIRL(以下、ナンバガ)は、向井の世界とアヒト・イナザワのバカ太鼓でどっぷり深化してZAZEN BOYSになった(アヒトは途中脱退)。
向井はZAZEN BOYSの事を「法被を着たレッド・ツェッペリン」と例えている。ただし、これはレッド・ツェッペリンの音楽スタイルの模倣という意味ではなく、ツェッペリンの如く、それぞれの個性の集合体であるというバンドの概念を言い表すために用いた言葉である。

ZAZEN BOYS - Wikipedia

爽快感すらあったナンバガのサウンドは、ZAZEN BOYSになって大きく変わった。
トリッキーで技巧的なリズムとメロディ。
変態的なフェチズム。
冷凍都市、六本の狂ったハガネの振動、繰り返される諸行無常。
これまでも使われた同じワードが何度も繰り返し使われる。
前後の文脈から切り離されたサンプリングのようにキーワードは意味性を失い薄っぺらく、しかし何度も繰り返される事でずしりと残り続ける。
繰り返される諸行無常、蘇る性的衝動。

ナンバガ時代のライブにはロックリスナーと思えないカジュアルなファッションのファンが多く見受けられたが、しかしZAZENになってもそれは変わらない。
ロックだがロックンロールではない。


もう椎名林檎は知らない

椎名林檎は、ロックなんだろうか。
ジェンダーをがっつり出し、ヴィジュアル系やメンヘラな女性らがキャーキャー言い始めそこで去った自分にはもはや見当もつかない。
この前、Mステに口パクで出演しているのを観た時には「暗喩的に(アイドル)口パクやって見せてんのなー」と衣装と(過剰にヴォコーダー的に改竄されたボーカルと)曲を聴きつつ思った*1が、果たしてそーいう音を鳴らすのが今のファンとマッチングしてんのかどうかすらもはや判らない。

かつて椎名林檎は好きだったが、もう椎名林檎を知ってるとは言えない。

椎名林檎 - 熱愛発覚中 - YouTube

*1:椎名林檎のセクシー(セクシャルを前面に出した)ボーカルをあえて人工的にする事でその個性を消して、かつアイドル的な振り付けと世界観に当てこむってのは意図があるんだろう。スベってんのか当たってんのか知らんけど