「答え」なんて言い切っていいんじゃない?

思考の瞬発力を上げたい - ゆーすとの日記
なにやらカフェイン摂り過ぎたのか風邪なのに不眠とはひどい話だと思いながら、HUNTERxHUNTER観つつこれを書いている。

そこでブログなぞ眺めてたら余計眠れなくなりそうだが、無駄に起きてるのもしゃくなので何か書いてみようとネタ探しに風邪っぴきだし羽織ものを羽織って夜道をうろついてたら、こちらの記事に肩がぶつかって「おい、てめぇどこ見て歩いてんだよ」と言われたもんだから、風邪っぴきでぼーとしてたんす、すんませんと謝ったら兄ちゃんが「暇なら顔貸せや」と咳き込むオレを無理やり連れ込み「なぁ、あんた、Aとも言えるがBとも言える、なんて意見ははしにも棒にもかからんよなぁ」とすごみながら言うけれど、でも世の中そんなに割り切れることばかりではないですよ、と無難に答えたら兄ちゃんはニヤリと口の端を歪めて「Aという考えとBという考えを両立する言うんはないのかい?例えばAであると言い切りながらもそのAに対して疑問を持ちつつBの可能性も探る言うのんは?」と聞かれるので、いやAと言い切ってBの可能性探ってる時点で既にAの絶対性は揺らいでますし答えてる時点でAと回答した責任が発生してますがな、と咳き込みながら答えた。
「そんな風なアドバイスを受けたんやがの...」
兄ちゃんは片手に持った一升瓶からぐびりぐびりと酒を飲む。唇の端からこぼれ落ちる酒を見つつ「将棋指し(棋士)にはもちろん読みも大事ですが何よりも直感を頼ると言いますな」とわたしが言うと、一升瓶から唇を話して酒臭い息を吐きながら兄ちゃんは突然大声で「その直感が合ってるかどうかをどう判断するんだ?!」と凄んだもんだから、つい小さくなりつつ「その正しさがどの段階でのどの正しさにもよるし、例え答えた時点ではAでも数時間後にはBだということもあり得るし、最適解が得たいのであればAでありしかしBたり得る答えは決して身のない答えではないでしょう」とつぶやいたら兄ちゃんは一瞬黙ってからこちらをじろりと睨んだかと思ったら突然呵々大笑を始め「おっさんおもろいこと言うな。今夜は生かして帰してやるわ」と片足で蹴られてそこから放り出されてしまった。
いやいや、夜道をぶらぶら歩くもんじゃあない。
ろくな奴が歩いてない。

♪ ♪ ♪


元々のちきりんの記事に対しての
後悔しないためにこそ「Aである」と言い切るべき - ゆーすとの日記
に対して書かれた
言い切れなくても良いんじゃない? - 見たまま感じたままに
という記事があってこの中で

自分の頭で何も考えることなくAとも言えるしBとも言えるよねなんて言ってたってそこから何の進展もないとは思う。ただいくら自分の中で考えても答えが出なかったとしても、その答えに行き着くまでの工程については、それを考えた自分の意見として主張して良い意見だと思うし価値ある主張だと僕は思う。その意見なり主張ってのは考えるの面倒だからどっちでも良いって意見とは別のものだと思うし。だから僕はこうも思った、せっかくブログやってるんだからそんなに答えを焦らんでも良いんじゃない?

言い切れなくても良いんじゃない? - 見たまま感じたままに

という大人の意見が素晴らしい。
その過程に意味がある。
計算は答えを出すために解いてるんじゃなく、過程を考えその思考力を付けるために解いてる。
答えを出すこと、ではなく「〇〇は××であろうか」と自分で考えるのっていいよね?という回答。
こちらに合点がいったし腑に落ちた。
しかしこれを読んで感じたことがある。この二つって両立できないのかな?ということだ。自分なりに考える過程に価値をおく一方で、最終的にこれだ!と思う結論を直感的に導き出す。これが理想とする形だと思う。自分はここまで考えた、という形で提示するのもすごく有意義だが、それがいかに未熟であっても、何かしらの「結論」を出していかないと話は前に進まないことも多い。これは「頭の回転を速くする」ということに近い

後悔しないためにこそ「Aである」と言い切るべき - ゆーすとの日記

おぉ、そっちへ敷衍してしまうのか 笑
何やら具体例が一切無いからこれはホントに分かりづらいなー。
では、こうしよう。
ここからは、ウチなりの考え方。


双子の娘に手を出してしまった。
娘親の前で問いつめられる。
「オマエはどちらかと責任をとって結婚しろ。Aにするのか?Bにするのか?」
「Aとも言えるし、Bとも言えるよねー」どころかどちらかを選ばなきゃいけない。
すぐに選べ、今選べ、さぁ!さぁ!

でもこの場合の最適解ってなんだろうか。
Aと結婚して人生を送った場合とBと結婚して人生を送った場合、それぞれに差は付けられない。
なにせ人生は一度しかないし、どちらかしか選べない。
Aと結婚しながらBと浮気を...もおかしい。
Aは「妻」でBが「浮気相手」では平等な条件ではない。
検証として成立していない。
この場合選んだ答えが絶対で、その答えが最適解にしかなり得ない。
だって結婚してその中には「成功」も「失敗」もある。
結婚生活ってのはそんなもんだ。
子供が出来てどんな親不孝な子供に育ってもそれは「結婚」が最適解であることを揺るがさない。
親であることにしくじっただけ。
人生が浮き沈み、事件があり傷つき、喜び、泣いてわめいても人生は一つ。
どの時点を最適とするのか、何を最適とするのか。
何一つルールは無い。
自分次第でどうとでもなる。

もしAを選び、Bがどこかの金持ちと結婚したとしてそれを見て「Bの方が幸せそうだ」と思っても、それはBと結婚してAが誰かと結婚したのを見て同じことを思ったかも知れない。しかしそれはわからない。
「どっちと結婚する方が良いと思う?」
聞かれても...さぁ、Aとも言えるしBとも言えるねぇ。
自分が責任をとれると思う方と結婚すればいいんじゃないの?
答えを選ぶってのは理屈じゃなくその答えに対して責任を持てるかどうかでもある。
選んだからその答えに責任を持たなきゃならない。

「Aのプロジェクト案なのか?Bのプロジェクト案なのか?」
直感でAと言いつつ、しかし検証を行いやはりBで。
そんな思考は求めてない。
そうじゃなくAを選んでその答えに責任を持ちそのプロジェクトを最適解にすればいいって話でもある。

自分の意見を持つ人にしか、自分の人生は選べない。決められない人は、自分の人生を生きられないんです。そしてもちろん、仕事上で価値が出せたりするはずもない。

「AともいえるがBともいえる」とか言う人の役立たなさ - Chikirinの日記

オレは元記事でちきりんが言ってるのはそう言う思考のことであって「Aであるのか果たしてBで...」なんて思考ではないよなーとか思っちゃったりなんかしちゃったりなんか(深夜ならではのテンション)。
AともBともCとも言いきれないままに走り出すことなんてよくあるし、だから世の中はギクシャク動いてる。
はっきり言いきれることなら別に誰かになんて聞かないし相談もしない。


これ以上考えると眠れなく無さそう...。
若いっていいよねー考える時間が一杯あるし。
ジジイは寝ないと体力がヤバい...中耳炎が治らん。


わかった?

そんじゃーね。

自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう