なぜブログの記事が甘いと燃えるのか(はてブとか)

なぜWikipediaの説明はわかりくいのか(数学とか) - 大人になってからの再学習

調べ物をするときにWikipediaの存在は絶大だ。どんな些細なものに対しても詳しい説明が載っている。

だけど、数学、物理などの理工系の教科書に登場するキーワードについては、Wikipediaの説明はほとんど役に立たない。

その理由の1つに、説明する側と、調べる側の視点が異なることが挙げられる。
とあって最後にオチらしき画がある。
図の力は偉大だ。
ほへーと読んでブクマ欄を見たら炎上ほどじゃないが炎症を起こしてる。
過去記事を見てもネタを書くようなブログだしマジメっぽい。
「半端に知ったかぶりやがって」
と言う傾向のコメントがズブズブ刺さってるのは痛々しい。

とはいえ、ネット上の見慣れた光景。


では、なぜこのような軽い炎上が起きたのだろうか。
その理由に記事を書く側と、読む側の視点が異なることが挙げられる。


この「ブログを書く側と、読む側の視点の違い」を理解するため、もう少し身近なものを挙げてみよう。

例として「サイバーカスケード」をWikipediaで調べてみよう。

サイバーカスケード(cyber cascade)はインターネット上における現象のこと。集団極性化(英: group polarization)の一種である。アメリカの憲法学者キャス・サンスティーンが提唱した。 なお、カスケードとは多段状の滝(段瀑(だんばく))ないしは、それを模した階段状の噴水のこと。

サイバーカスケード - Wikipedia

この例は、まさに書き手の思想と、読む側が求める説明とのギャップを端的に示している。

もし一般的な父親が子供との会話の中で

「ねぇ、お父さんサイバーカスケードってなあに?」

と質問をされたら

「ネット上でコミュニケート行う中で簡易な集団が形成されて極端に一つの思想に傾倒しやすい現象を指す言葉だよ(個人も含む)」

と、答えるだろう。
しかしそれだけで子供は納得せず、

「どうやって使うの?」

と重ねて質問するだろう。

「こうやって使うんだよ。」

ゲバ棒とヘルメットをかぶり説明をすれば、子供なりに
サイバーカスケードとはこういうことなのか」
と父親の内ゲバに沈みつつ理解するだろう。


我々は、知らない言葉を聞いた時に、
「それは何を現す言葉なのか?」
ということをまず知りたい。
そしてそれから
「では、その言葉をどう使うのか」
ということを知りたい。

これが一般的な考えだろう。

ウィキペディアはその言葉が一体何をあらわすのか、どういう背景を持ちどのように作られたか、どのように使用されるか、その事物とは一体何であるかを延々書き示している。
その語について知りたい人間は特定の目的で調べる。
ある人間は小説を書くために綴りが知りたい。
ある人間は子どもに説明するためにどう説明するか知りたい。
ある人間は論文を書くために背景が知りたい。
己の目的に適合して己の求める用途・用法が記載してあれば
「さすがウィキだぜGJ」
と思うだろうし、求めてもいないめんどくさい歴史と説明が延々書かれていれば
「わかんねー。コトバンクでいいや」
「やっぱウィキじゃダメだな。広辞苑見るか」

ということになる。
それを調べる者、求める者は同じ視点でそれを見るわけではない。
自分に求めたレベルの説明が欲しいならそれに適応する複数の解説を当たるしかない。


出版されている辞書・辞典の類も編者によって個性があり、それぞれに異なるが、しかしそれらは誰かに「一般読者に何かを教えるために説明を行う」思想が根本にある。
例えば「恋愛」について調べようと思ったとする。

わかりやすく極端な例として「新明解国語辞典」で比較すると

れんあい【恋愛】 
 特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。(第5版)

新明解国語辞典の魅力(入門編その1)

もし「恋愛時の苦悩を言葉で表現するなら」と考えて新明解を見れば非常に適正だし、逆に「単に簡潔な意味を知りたかっただけ」ということであれば冗長かもしれない。
ウィキペディアなら
恋愛(れんあい)は、人間が他人に対して抱く情緒的で親密な関係を希求する感情で、また、その感情に基づいた一連の恋慕に満ちた態度や行動を伴うものである。フランス語のamour、英語のlove, falling in loveの翻訳語。恋とも。

恋愛 - Wikipedia

となっている。
「簡潔に表現するならどうするか?」を知りたいだけ、その他の語源や背景など様々なことであればウィキペディアが適正。
しかし「恋愛時の苦悩を知りたい」ということであれば簡潔すぎてしっくりこないかも知れない。


一般向けの辞典には一般に解りやすく伝えるために訳者が解釈し悩んだ結果の語釈が(恋愛時の苦悩まで伝えようとした挙句暴走した新明解を見ればわかるように)書かれているわけだが、ニッチな専門辞典であれば専門語が専門の人物向けに書かれている。当たり前のことだが辞書は使う前に中身を確認し、自分の求めるレベルに相当するものを購入し確認し使用する。
しかしウィキペディアには誰もがアクセスできる。
欲しいと情報と、記載されている情報は必ずしもイコールではない。


ウィキペディアとはなんだろうか。

ウィキペディアは、信頼されるフリーなオンライン百科事典、それも質量ともに史上最大の百科事典を、共同作業で創り上げることを目的とするプロジェクト、およびその成果である百科事典本体です。


Wikipedia:ウィキペディアについて - Wikipedia

ウィキペディアとは“インターネット百科事典”
では辞典とは何か。
辞典(じてん)とは、言葉や物事、漢字などを集め、その品詞・意味・背景(語源等)・使用法(用例)・派生語・等を解説した書籍。辞書・字引とも言う。
『辞典』『辞書』という単語は、主に言葉について書かれた辞典(国語辞典、英和辞典、漢和辞典など)について使い、文字について書かれた辞典を『字典』、事物に就いて詳細に書かれた辞典(百科事典など)については『事典』という表記を用いる。


辞典 - Wikipedia

日本語版ウィキぺディアに関してはウィキペディアを参照して頂きたい。
ウィキペディア日本語版 - Wikipedia


ブログを書く人間は「私はこう思うしこうでは無いだろうか?」と書く。
しかしそれがハンパな知識などで書かれていれば「なにを偉そうに、オマエがまずggrks」とコメントされてしまう。
だが完璧に自慢できる知識と主張と思考を持ったブロガーばかりではない。
そんな知識があるなら本でも出版する。
無料で公開するには勿体ない。
ウィキペディアがわかりにくいのは判るが無料で知識が得られるんだからそれは賞賛されるべきなように、ブロガーが偉そうに語っていても御代もいただかないしアフィリエイトなんて雀の涙で記事を書いてるんだからそんなに責めても可愛そうなものだ。
果たして「ブロガー」とはなんだろうか。


【ブロガー】
頼まれてもいないのにブログを書く人
【概要】
ブロガーとは、自意識の発露や主張や思想のアジテーション目的、あるいはアフィリエイトによる金銭目的や、世のため人のためにたちたいと言う(真偽不明)意識の元に記事を書き印し、それを誰でも見られるようにネット上で公開するも、記事に瑕疵があれば叩かれ「誤字くらいチェックしろやカス」「偉そうに語ってんなハゲ」「思想が偏っとんのじゃ!クズ!」「垢消せ!垢消せ!」と揶揄され、それでもめげずに記事を書き続けるも、飽きられれば途端見向きもされず気が付けば更新が止まってしまう哀れな人々のことである。
書き手が一般の人間であるため、知能レベルや読解力・文章力にバラつきがあり、思想や思考に穴や片寄り、矛盾もあるため、それを読む人間が「こんなアホな記事を書く人間は石を投げられて当然である」とコメントを付け拡散する事で炎上騒動になり精神的ダメージを受けアカウントを消し消えて行く運命を多く辿る絶滅種を指す語。
中には「カリスマブロガー」「アルファブロガー」「プロブロガー」「炎上メガネ(自称ライター)」などという凶暴かつ特権的な個体の存在も確認されているが、絶対数は少なくあくまで希少種である(要出典)。


【関連項目】
・アフィカス
・プロブロガー
・炎上
・村は本当にあったんだ
はてなブックマーク
・焼き払え!どうした それでも世界で最も邪悪な一族の末裔か!


次のような図がひとつあれば、関係性も一目で理解できる。
f:id:paradisecircus69:20131128163038j:plain

※左:ユーザー 右:ブロガー

AAの力は偉大だ。

新明解国語辞典 第七版