・スマホをいじりすぎるとコミュニケーションが崩壊してブログも書けなくなってしまいそうな件 | love guava!
スマホを持たれている皆さんはどのくらいの時間スマホを触っているんでしょうか。私の場合、仕事と睡眠と風呂以外の時間はほとんど触っているといっても過言ではありません。
食事でも一人だったらスマホ触りながら食べてるし、TVを見ながらもスマホ時々チェックしてるし、知人と一緒にいてもちょっと間ができたらスマホ触ってるような状態です。
文字にして書くと、我ながらこれはちょっと異常だと思えますね。。。
ある日、奥さんと二人でTVを見ていました。奥さんはTVを見ながら、出てくる芸能人や企画に対して何かコメントをしています。私はと言えば、TVを見ながらスマホいじり。いや、スマホいじりながらTVはチラ見程度でしょうか。当然、内容について話しかけられても大した返答はできず、「うん」とか「そうだねー」とか気の抜けた相槌ばかり。
TVを見終わったあと、奥さんから一言、こう言われました。
「一緒にTV見てるのにスマホしか見てないよね。一緒にいる意味あるの?」
情報収集ツールとしてスマホはこれ以上ないくらいうってつけのツールです。しかし、そのあまりの快適さ故に、ついついそのことに没頭してしまい、得た情報を自分なりに咀嚼・吟味してアウトプットする行為、私の場合はブログ更新ですが、その時間がとれなくなってきています。
ネタはあるけど更新ができない、ってやつですね。
「共有」することの意味
ご存知の通りこのブログは土曜・日曜・祝日は、基本更新しない。はてブも見ない、はてなにアクセスすらしない。
TWITTERのTLも見ないし、最近はすっかりツイートもしてない。
FACEBOOKは閉鎖した。RSSリーダーも読まない。
以前「共有するってなんだろうか?」と考え、自分が知った新情報をRTなり(いいね!なり)することで、フォロワーらと「そうだねこれいいよね」とさらにRTとかファボられるとか、そういう
「皆に知らせて共有・拡散されることの意味」
って何だろう?と。
改めて考えてしまった。
「メシッター」「フロッター」だのツイートすることに意味はない。
誰かがそれを知って得もしない。
RSSからツイッターに情報を流すにしろ、それを自分がやらなくても誰かは同じことをやっていて、「オレが知らせなきゃ」なんて別に特別でも何でも無く同じことをやっている無数の人間の中の無名の1人に過ぎない。
アホみたいなネタ系ボットの方がよほど影響力を持ってクソみたいに価値のないツイートがふぁぼられ、パクリツイッタラーはパクリ同士でフォローしあって、一方ブログ界隈では誠意を持ってマジメに「これが正しいんだ!」と叫んでみたところで閑古鳥の鳴くはてなブログの隅っこでは、ブクマ1桁でアクセスも無残に散り、たかが泡沫一ブログがギャーギャー騒いだところで話題にもならず、どこぞのしょーもない空疎な記事が轟々と燃えた評価されたり、「その通りだ!」ツッコミどころ満載の記事を低読解力なブログとりまき連中が毎度毎度神輿を担いでいるのを見るに、自分が思っているほどに思考と記事と自ブログに価値はないのだと思い知った。
たまにホテントリすれば
「久しぶりにホッテントリしたからって調子のりやがってwww」
と揶揄される始末。
調子のるもなにも「調子にのる」勘違いするほどの意欲はとうにない。
情報のほとんどには価値がない
情報のほとんどは意味がない、価値がない。ゴミの山の中から意味のあるモノだけを探すために時間のリソースを使い、没入してネットを徘徊してる。
でも実際はネットで2時間を過ごすよりも本を読むことに2時間使う方が有益だったり、映画を観る方が有益だったりする。
これまでの人生で観ていない名作をすべてみるためにどれだけの時間がかかるか。
リソースは無限じゃないってのに。
2時間ネットを徘徊して得られる新たな知識はどれだけだろう。
先週、先月、去年。
見つけ拡散した無数のネット記事のどれだけが自分の役に立ってるのか。
それを見たことでどれだけ何か変わったか。
あとで読むサービスに保存し、EVERNOTEに保存した情報のうち、有益に使えているのはどれだけあるのか。
人より先に情報を知らなくても大事な情報はいずれ知ることになる。
共有することは楽しい。「昨日、○○の番組見た?」と教室で同じ話題で盛り上がるようなもの。
「こんな情報あったのか」
「これは新しい考え方だなー」
などなど、評価されるのは楽しく嬉しい。
しかしその新しい情報は他の誰かも共有している。
新しい考え方も、どこかでは既知なんだが読んだ人間が知らないだけ。
それを知らずに独力でそこまでたどり着くのは素晴らしいが、だからと言ってそれは特別でもなんでもない。
「自分が知らせようと(拡散しようと)している情報にはそれほど価値がない」
「当たり前のことを言い直しているだけ」
「自分が好きな情報は自分のために役立てればいい」
「ただ承認欲求を満たしたいだけ」
「本当に必要な情報はそれほど多くない」
それを認識できないから情報収集に夢中になるし、他人の情報が気になる。
深淵
金儲けのためにPVを上げたい、と思っている人間は話題のネタをどこかからパクって記事にでもしてれば構わないだろうが、そうでないなら果たして何を書いて、どれだけの評価を受ければうれしいのか。ツイッターやブログに夢中でやめられない人は、ウェブ上での自分の存在を認識し直してみるといい。
誰がアナタの飯の時間を知りたい?
誰がアナタの感想を聞きたい?
誰がアナタの生活を知りたい?
アナタの見解なんてどうでもいい。ただのTLを流れるゴミの一つ。
凡百のよくあるごく普通の凡人ブログの一つ。
なんの特徴もない。
「アナタがネットからいなくなっても、何も変わらず世界は回る」
このブログにしたってそうだろう。
いつ終わって廃墟になったところで誰も気にしない。
テレビ番組が一つ終った程度の感傷がしばらく残るだけ。
どこかの増田に
「昔、あざなえる~ってキチ●イみたいなブログがあったけど…」
と懐かしむ記事が書かれる日が、いつか来るんだろう。
だからネットに夢中にはならない。
同じ時間で雪かきしてる方がいい。
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