結婚という近代のシステム

#出囃子「昼飯」

一番好きな人と結婚したいとは思わない - おうつしかえ

以前、既婚者(女)たちと話していてビックリしたこと。

え?好きな人と結婚しなかったら、誰と結婚するの(したの)?
あはははは~いつの時代よぉ~
とか、思ったんだけど・・・。

もちろん一番好きな人が既婚者だったり、すでに鬼籍の人だったりしたら結婚できないと思うし、事情があれば現実的に結婚できないこともあるだろうけど、結婚したいのは一番好きな人なんじゃないの?

えー、まいど、すごしやすい、いい季節ですな。
恋愛を語るのは、がらでもないので軽く書きたいと思うのですけれども。


「好き」という気持ちには、波がございまして、
出会ってから死ぬまでそれをキープし続ける、というのは、たいそう難しいわけでございますな。

「おまえ100まで、わしゃ99まで、ともに白髪の生えるまで」
なんてことを申しますが、死ぬまで好きで添い遂げる、というのはなかなか難しいものでございます。

よくわからない他人を「好き」と思って付き合い、徐々にイヤ~な面が見えてきて別れるなんていうのはざらに見かけます。

「好き」と言いましてもいろいろとありまして「あの人の嫌なところも全部含めて好き」という属性の方であれば、たとえ殴られようが、蹴られようが、帯をつかんで回されようが、相手が刑務所に入ろうが面談で穴の開いたガラスを挟んで「わたし……アナタが出てくるまで待ってますから」ウルウルとかやるのもよろしい。
それもまた人生でございますのでね。


ただ一般に「好き」がピークなのは、相手のことがまだよく見えないで外面だけで判断する「恋愛」の時期でありまして、その「好き」をベースに判断して結婚すると結婚→同居を境目に「好き」パワーはガタガタガタ~っと右肩下がりに下がっていく。
赤字決算発表の株価みたいに下がっていくもんですな。

そうなりますって言うと何を見ても憎い、ムカつく。
あのときあんなにあのひとを好きだったあの気持ちはなんだったんだろう?と過去の自分とすっかり違ってしまってるのに気付きまして、よく恋の病だの魔法だのと言われるゆえんでございますけれども。
ひとというものは自分に都合のいいものしか見ないようにできておりますから仕方ないわけでございますが。

もちろん違う、という方もいらっしゃるでしょうが、それはあなたがイレギュラーなんですね。


甲斐性が無い、了見が狭い、金遣いが荒い。
でも見た目はいい、身長は高い、口が上手い。
そういう男は恋愛ならいいかもしれませんが、結婚となると具合が悪い。

結婚の基準と恋愛の基準は異なります。
それは恋愛はカジュアルで、結婚は生活が密着してるからにほかなりません。
「一緒に住む」というのと「一時期過ごす」というのでは求められるものが異なります。


もともと結婚というのは「好きだから」するものではございません。
恋愛結婚や自由恋愛というシステム自体が近代のシステムなんですな。

自由恋愛というもの自体が、明治時代に入ってから日本に入った、と言われてますね。


落語に持参金という根多がございますんですが。

米朝 『持参金』 rakugo - YouTube
男のところに友だちが金を5円返してくれとやってくる。
ところが金が無い。

そのとき、長屋の吉兵衛さんが女房を世話しようとやってくる。
ところがこの世話してくれる女房はたいへん器量が悪い上に妊娠もしてる。
だが持参金が5円付いてくる。
男は借金を返そうと5円の持参金目当てに縁談を受けるんです。

友だちが再びやってきて金の工面が付いた話をします。
ところが友だち曰く
「酒を飲まされてフラフラになって女を身ごもらせてしまった。でも器量が悪い。そこで吉兵衛さんに相談したら「持参金でも持たせて嫁に出したらどうか?」というんで金が必要になったんだよ」

という話。
男は金目当てに嫁を貰おうとするし、友だちは身ごもらせたのに器量が悪いから金を渡してほかの男とくっつけようとして、長屋の吉兵衛さんはめんどうな女は金を付けてどこかへやれ、と考える。
出てくる連中はみんなひどいのだけれど、この時代の落語に登場する女性の人権はこういうものなんですね。
ジェンダーが―」「自由恋愛が―」
という考えが近代的というのがよくわかる話でございますし、だからと言ってこれを批判されても困るのですが。

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結婚は、恋愛の先にあるのではなくて、社会を運営する際「子を産み育てる最小単位」をつくる婚姻というシステムなんですな。
一緒にいたいから結婚し同居するわけではなくて、子供を作って育てるから一緒に住むわけです。

「好きだー毎日一緒にいたい☆」というニーズに応えて「結婚」が出来たわけではないのだし、恋愛感情の先に「一番好きだから結婚する」と言うのは実はおかしな話なわけです。


恋愛と言う感情と関係は、結婚の前の必須プロセスではございません。
終わりのないの感情を基準にした自由恋愛の果てに勝手に自分なりの「結婚」やら「別れ」やら「不倫」やら「心中」やら、まぁ、いろいろとオチを付けるわけでございますが、そういう選択肢を好きに選んでよい、そういう社会が現代なのだ、ということなのですね。

昔は、お見合い結婚だの、許嫁だの、それで社会は回っておりました。
自由恋愛はなくても、ひとは生まれ育ち死んでいきまして、今の社会があるわけです。
「一番好きじゃないなら結婚するのはおかしい」
いや、それはどうだろうな、と思うのでございますが、いかがでしょうな。

いやー、こわいこわい。
彼女とかきれいな女性は怖いなー。

最後はセフレが怖い。
枝雀落語大全より「饅頭こわい」