物語が終わる、続くなんて保証されてない

低俗霊狩り 【完全版】 1巻 (ガムコミックスプラス)
長期休載漫画のファンへのケアって足りないよね - アニメな日々、漫画な月日
奥瀬サキ「低俗霊狩り」が再開されるとは思わなんだが、リアルタイムに読んでた身からすれば1993年以来。
それが2014年になってようやく復活するわけです。
奥瀬サキの原点『低俗霊狩り』連載再開――。/月刊コミックGUM
そー言うのを待ってたりすると「ファンへのケア」だとかね。
「義務」とか「権利」とか言われても、それはなんか違うよなーと言う。

本人も書かれているようにそれは「わがまま」でしかない。


てぶくろ

まず今のコンテンツが溢れる世の中に生きてるとオチが欲しくなるのは当然かも知れない。
ロシアに「てぶくろ」という話があって有名なのだそうだけれど
てぶくろ―ウクライナ民話 (世界傑作絵本シリーズ―ロシアの絵本)
雪の降る森の中を、犬と散歩をしていたおじいさん。手袋を落としてしまう。
そこへネズミがやって来て「ここで暮らすことにしよう」と手袋の中に入る。
次にカエルがやって来て「入れて下さい」「どうぞ」
カエルも手袋の中に入る。
続いてウサギ、きつね、おおかみ、いのししもやって来て次々手袋に入る。
熊がやって来てこれまた手袋に入り、弾けそうなほど膨らむ手袋。
そこへおじいさんと犬が帰って来て、犬がワンワンと鳴くと慌てて動物たちが手袋から飛び出していく。

この話は「寒いところでもみんな一緒にすごせば暖かい」「種が違っても仲良く」という途中に教えはあっても最後の最後に教訓がある訳じゃあない。
その途中の様を描くために物語があるので末端の処理は雑になってる。

宮戸川

落語にもオチ(サゲ)のない話はある。
物語の途中に語るべき部分、聞かせる部分が存在する。
宮戸川なんて噺があって。

主人公 半七とお花が夜道で偶然出会う。
締め出されて泊まる場所がない二人は、半七の叔父の家に泊まることになる。
ところが叔父は勘違いしやすい質。
案の定、二人を恋人と思い布団を一つしか用意しない。
二人きりの部屋の中でモジモジしていると雷が鳴り、驚いたお花が半七の胸に飛び込んで……。

「後は本が破れて判んなくなっちゃった」

早起き名人会 (代演)三遊亭圓楽 「宮戸川」FM=東京 S54.10.23.wmv - YouTube
お花半七なれそめの噺、として語られてる。
この後もあるんだけども、ここまでしか演じないことが多い。

リドルストーリー

謎(リドル)の謎(ミステリ)その他の謎(リドル) (ミステリ・ワールド)
小泉八雲の「茶碗の中」という話がある

天和3年(1683年)1月4日、中川佐渡守は家来と共に年始の挨拶をする道中、江戸は白山にある茶屋で一服つく。家来の関内が自分の茶を飲もうとしたとき、茶碗の水面に男の姿が映っていることに気付く。しかし背後にそのような男がいるわけでもなく、茶碗に描かれているわけでもない。気味悪がりつつも一気に飲み干す関内であったが、その夜、彼が夜番を務める部屋に、音も無く茶碗の幽霊とそっくりな式部平内という男が現れる。関内は平内と名乗るその幽霊を斬ろうとするが、幽霊は壁を通り抜けて消えてしまう。関内は仲間に報告するが、屋敷にそのような男が立ち入ったという話は無く、式部平内という名を知る者もいない。次の夜、非番の関内は両親と出掛け、その先で3人の侍と出会う。3人は平内の家臣だと名乗り、平内を斬った関内に決闘を申し込もうとする。しかし幽霊に憑き纏われることへの苛立ちと恐怖から関内はその3人に太刀を向けるが、3人は塀を飛び越え、そして・・・(※ここで物語は唐突に終わっている)

こういう「終わらない物語」として初めから意図されているものも多くあり、そういったものは「リドルストーリー」などと呼ばれる。
そういった話の場合はオチが重要なのではなく、オチは全て読者に想像させる……全ては藪の中という意図がある。

アメリカのドラマ

アメリカのテレビドラマというのは変わった構成で、2クール放送すると次は再放送に入る。
そしてそのクールの評判が良ければ続くし、そう出なければ打ち切りになり別のドラマが始まる。

なので海外ドラマを見ている人ならよく判ると思うがまともに終わっているドラマの方が少なくどちらかと言えば「to be continued」と表示されるのに「このドラマは本日で最終回です。来週からは……」などと表示される。あれはアメリカでも制作されていないから続きを放送しようにもそれ自体がないから。

ある時にホームドラマを放送してた。
ところが最初から今ひとつ視聴率が悪い。
そこで急遽、最終回として突然強盗が乗り込んで来て全員を虐殺する、と言う話にして終わらせた。
ところがこのエキセントリックな最終回が評判になり再放送のクールで視聴率が急上昇。放送局は打ち切り予定だったドラマを継続することにした。
ところが困ったのが制作側。なにせ全員殺されてる。
そこで次のクールでは何事もなかったかのように全員復活して続きが描かれた、という話を聞いたことがあるがソースが判らないし都市伝説かも知れないが、そのくらいにアメリカのドラマは視聴率を元に続けたり打ち切ったりをしてる。


The Sopranos Final Scene - YouTube
以前にも別記事で書いたソプラノズの最終回。
マフィアのボス一家がレストランで食事をしている途中に画面が真っ黒になり終わる。
当時、テレビ局に電話が殺到したらしい。

打ち切り

度胸星  1 (小学館文庫 やB 24)
ヤンサンの愚行による「度胸星」の打ち切りは有名だが、このように終わらないからこそ「あれは名作だった」と言われる物語もある。
同時期に打ち切りが決まった「ザ・ワールド・イズ・マイン」はなんとか広げた風呂敷を畳み切ったが、「度胸星」は間に合わなかったし、作者の山田芳裕も続ける意思は無いらしい。

鎧光赫赫 (ビームコミックス) (BEAM COMIX)
久慈光久「鎧光赫赫」も終わらない話が詰まってる。
様々な事情で一話だけで終わった話ばかりが入っていて、だからどれもこれも「これ面白そうだなー」と思っても続きがない。
これから旅立ちだ、でどれも終わっていたりする。


じゃあ終わらせればいいのか?と言うとそういうこともなく有名なアニメドラゴンクエストの打切りでの
「ばあさんが少年少女にその後の物語を話して終わる」
という斜め上な最終回は、こんなだったら無くて良いよ、としか思わない。
(その後、大人の事情で続きが描かれたけれど)。
最後なんてあればいいってものじゃあない。

終わらない物語

でも、漫画家個人が近況を発信してなければ…。
藤山先生のように当時ブログをされていても、休載と同時に閉鎖同然になってしまったならば…。
やはりそこは編集部が責任を持ってもらいたいんです。

物語ってね、必ずしも終わらなければならないものではないんですよね、残念ながら。
作家や編集者に物語を終わらせる「責任」はないんですよ。
ましてやそれを読者に対して教えなければならない「義務」もない。

フェイスブックツイッター、ブログ。
今や個人が情報を発信する媒体はいくつもあります。
漫画家さん達も、それらを使用し情報を公開している方がいっぱいいらっしゃいます。

それは「責任」でも「義務」でもなく読者・ファンへの「サービス」ですよね。
それが無いからと言って冷たい訳じゃ無くて、それがあること自体がイレギュラーな訳であって。
「〇〇はやっているんだからやるべきだ」はおかしい。
休載していることに対しての義務や責任というのは作家から編集に対して生じるもの。
「読者が本を買うことにより出版社は、作家の詳細を読者に対して知らせるべき義務が発生する」
という契約が生まれるなんてことはない。
だから読者がどれだけ「打ち切り?バカじゃないの?」と思ってもマンガが途中で終わるなんてことがざらにある。
今であればマンガ家がKDPやnote経由で作品を読者に直接届けることが出来るけど、だからって「責任」「義務」が発生して作家が読者の言う事を聞いて
「〇〇はどうなってるんですか?」
「まだですか?」
「つぎはいつですか?」
「早くして下さい」
そういう問い合わせに毎度返事しなきゃならないなんてない。
「責任」「義務」ってのはそういう強制力のある力のことですからね。

だって、それ位要求する権利ってあると思うんですよ。
コミックスを買ったりしてるんですから。
いつまでも宙ぶらりんのまま放置されているよりかはよっぽどマシ。

読者は作品の完結にまで対価を払っているんじゃなく、その書かれている話に対してしか払ってない。
1〜10話が載ってるコミックスを買ったとすれば、その対価は1〜10話に対してだけ。
だから乱丁本は取り替え出来る。
11〜最終話に対して対価を支払ってもない人間が
「11話以降はどうなるんだ?知らせろ!読んでるんだから最後まで責任を持て」
という主張が正当とは思えない。
だって払ってないですよ、それは。
予約してる訳でもない。
それはファンの勝手な思い込みであって希望でしかない。
「〇〇のキャラは××と幸せになって欲しいなー」
ってのと大差無い、あくまでも希望。
その話が最後まで描かれるか、どこで終わるか、どうなるか、打ち切られるか。
それは編集や作者の元に存在する「責任」「権利」でしかない。

まとめ

物語において最後まできちんと描かれ、読者の元に届けられる、って言うのは幸せなことなんですよね。
物語にとって。
作者に何かがあって終わってしまうもの、掲載誌に何かがあって終わるもの。
さまざまな事情で道半ばで終わってしまった物語は山のようにあって、それこそ死屍累々。

だのにコミック買ってるからという理由で
「進行を逐一知らせろ!なんで続きがないんだ!読者には知る権利がある!!」
というのは、そりゃあ無茶でしょうよ。
そんな権利はどこにもない。

ジャンプシステムのアンケートにしろ読者はあくまでも「〇〇が面白かった」という意思表示の権利はあるけどその作品をどうするかに関しての権利はない。
そりゃあジャンプ一冊数百円払ってそんな権利なんてないですよ。
雑誌社は、契約して本を作ってそれをコンビニとか書店に配置して、それを売上げとして回収して作家に還元してる。
だからこそ権利を持ってる。
なのに数百円で本を買った「だけ」の読者がどれだけの権利があるのかな、と。

アナタが買ったのは物語そのものではなく「紙の本」でしかないのだよ、と。
だって物語全体ってアナタのために書かれてる訳じゃ無いんだから。
「ワンピース」は数百円で読めるけど、「ワンピース」という物語そのものを買おうとしたら幾らかかるんだか。


とはいえ気持ちは判りますけどね。
ウチも読者側ですから。
でもね「権利」とか「責任」とかね。そんなものはない。


バンドが名盤を作った直後に突然解散したり、毎週楽しんでたドラマが突然終わったり、そんなのどこにでもある話でだからって「なんでそうなったのか?」は知りたいけれど、知っても仕方がないときも多い。大人の事情だったらどーするんすかね。

「〇〇は大人の事情により休載中です」
「制作スタッフの待遇面のいざこざにより〇〇は休載します」
いやいや、そんなもん知らされても困るわな。

「〇〇は作家の精神的疲労により休載中です」
「〇〇は契約上の問題が発生し打切りが決定しました」
知らせなくていい。
そんなものは闇の中でいいや。
オレは物語が読みたいのであって、裏事情だの進捗だの、そんなものはどうでもいい。
作品に興味があるのであって、作家に興味はないもの。


続きが読めればラッキー、物語が終わるならそれは素晴らしい。
そーいうことですよ。
幾ら好きだって人気がなければ突然打ち切られるマッチョな世界なのだし。
バクマン。 モノクロ版 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)