「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語」を今ごろ観終わって今さら感想を書いてみる
今さらですが、まどマギ劇場版を観ました。
別に後追いってわけではなく、一話からのリアルタイム組だったにも拘らずこれほど間が空いたことには特に理由もなく。
なんとなくタイミングを逸してしまい、気づけば観てなかったのを思い出した。
ただ「ホムホム~☆」「ギャー!マミさん!!」みたいな感じのノリが嫌いってのはある。
これだけ経てば温度も下がったろう。
当然ながら他人のレビューは観ない状態で観た。
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もう、ネタバレとか気にせずに書くけれど、観終わった感想としては
「デビルマンだなー」
に尽きる。
で、このまどマギ叛逆=デビルマンというのは宇多丸がラジオで言ってたらしい。
で、話がなんとなくまだ終わってない風なんですよね。なのでこの先、まだ話を続けるならば、これはもう勢い『デビルマン』になっていくしか・・・永井豪原作のデビルマンの漫画の終盤的な展開になって行かざるをえないだろうっていう風に思うわけですよ。実際、新房昭之総監督は『デビルマンが自分の中の原点である。なにをやってもデビルマンになってきちゃう』って言ってるんで、意外とこれ・・・要は裏切り展開、ダークな2ならではの裏切り展開も、ちゃんと筋は通ってるという風に思うわけでございます。
魔法少女と言うのは、敵である魔女の幼生。
「悪魔と戦うのに悪魔になった」デビルマンと「魔女と戦うために魔法少女になった(いずれ魔女になる)」魔法少女と言うのは同じ構造ですから。
観終わっていろいろなひとの感想を読んでいると中に「まどマギにはキリスト教的の影響が~」という言質をしているところもあるんだけれども、だからそれはデビルマン経由でのまどマギ宗教的モティーフと言う、孫引き的な感じになってしまうんではないのかな、と。
名探偵ほむほむ
「劇場版 魔法少女まどかマギカ [新編]叛逆の物語」予告編映像 #Puella ...
途中までは完全にミステリーの構造。
しかもジャブリゾ*1張りの「探偵であり、証人であり、被害者であり、しかも犯人である」という叙述トリックが仕掛けられたフーダニット。
この辺は「繰り返される文化祭の前日がラムの夢だった」という感じですか。
モラトリアム世界の殻の中で永遠に繰り返されるビューティフルドリーマーな日々。
世界が欺瞞であることに気付き己のトリックを己で無自覚に暴く探偵であり犯人。
真相が解り、犯人が犯人であると自覚し、犯人であると意識した時点で犯人は犯人と化す。
夢邪鬼のごとく最後に登場し、美味しいところを持って行くインキュベーター。
TVシリーズまどかマギカにおいて、まどかは魔法少女を救うべく永遠に魔法少女を救い続ける「概念」と化し、そして世界が書き変わった。
この辺は舞城「ディスコ探偵水曜日」でディスコ・ウェンズデイが瞬間移動し殺される定めの子供らを救い続ける(毎秒ごとに)にも近しいのは一部で有名。
「踊り出せよ暁美ほむら、急いでな」「真実なんて知りたくもないはずなのに――」「ジャスト・ファクツ!」「お前が災厄の中心なんだよ」「まどかのことだけを考えるんだ!」「すべてをパックリ飲み込む円環の黒髪」「そういう狂気(madness)の中で、私はまどかとともに今も踊り続けている」
— 水星 (@mercury_c) 2013, 11月 2
そんな「概念」からまどかを切り離し、独自の円環を作り上げ、再びモラトリアムとして構築した世界でまどかを人化した写し身を愛でるほむほむの箱庭。
そこで踊るほむほむの姿には「テキサス・チェーンソー・マサカー」のレザーフェイスダンスにも似た狂気を感じる。
クルクルとチェーンソーを振り回し踊り続ける。
愛のかたち
ほむほむは動機を「愛」だと語る。
まどかが概念と化したのは世界中の魔法少女と言う存在に対する愛であり、そのための自己犠牲。
しかし、ほむほむの愛は世界中の魔法少女よりもたった独りのアナタへの愛であり、それが「ラブラブ☆まどか」な箱庭の構築であり、概念であるまどかを己の手の中に握りしめる、これは愛であるが無償の愛や人間愛ではない、個人レベルの愛であり、執着。
愛と独占欲と執着はとても近しい。
言ってみればボランティアに夢中のまどかは人間愛に溢れているが、ほむほむは自分だけを見つめて欲しいからこそまどかを地下室に閉じ込めサマンサ・エッガーを愛でるテレンス・トランプのごとくその「愛」のかたちは実に黒く歪んでる。
悪魔と言うのは、元々天使が堕ちて悪魔になる。
だとすれば神であり概念であるまどかに逆らい、己の願望を完遂させたほむほむはやはり悪魔と呼べるんだろう。
とりま一回しか観てないのでこんなもので。
※終わらない世界を終わらせる続編、ほんとに造ってもいいと思うけどなー(ほむほむのバッドエンド必須だけど)
*1:フランスのミステリー作家セバスチアン・ジャブリゾ。「探偵であり、証人であり、被害者であり、しかも犯人である」というミステリ作品「シンデレラの罠」で有名