M-1とメイプル超合金のメタなネタ

www.m-1gp.com

今度の日曜、久々に復活するM-1が放送される。
決勝に残ったコンビのネタの中でもメイプル超合金が引っ掛かったので少し。
 
 



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メイプル超合金は、安藤なつとカズレーザーの男女コンビ。
いかにも飛び道具の多いサンミュージック的な感じ。

ネタは、安藤なつがツッコミ、カズレーザーがボケ。
いきなりカズレーザーが「ジークジオン!」と言って入ってくる辺りかなりの斜め方向。

そしてネタの最後は「こんなに滅茶苦茶にしてどう思ってんだよ」(安藤)「手ごたえあり!」(カズレーザー)「もういや~! ハイ」(安藤)「ブパパブパパブパパ~!」(二人で。元となっているのは「ドリフ大爆笑」のオチの音楽)[12]と言った後、カズレーザーがしばらく話をして「現場からは以上です」(カズレーザー)「どうもありがとうございましたー」(安藤)で締める、と言うパターンが主となっている。
メイプル超合金 - Wikipedia

ボケがネタの筋よりかなり大きくブレて、このドタドタしたネタの最後でメタに終わる。
しかもこのメタが定番になってるってのが、かなりおかしい。

マンザイの構造

オーソドックスな漫才の構造は、

何かしらのストーリーを提示(たとえばタクシー運転手と客)

→ボケが通常ではありえないことを言う、行う
(運転手が運転しない。運転手「……」)
→ツッコミが常識的な解釈を提示する
(客「誰が運転すんだよ!」運転手「え?」運転手「運転手でしょ?」)

→再度ストーリーが進む

→ボケる
……を繰り返すことでネタができあがる。
サンドイッチマンのタクシー運転手ネタ参照

舞台の上で二人の人間によって演じられる劇世界。
そこにボケという不条理とツッコミという条理が存在する。
ツッコミの条理により不条理から条理への動きが起き、振幅によって笑いが発生する。
 
(理屈は、不条理→常識へ移行し、安心させることで観客の笑いになる) 


アルコ&ピースの「忍者になって巻物をとりに行く」ネタ。
http://news.livedoor.com/article/detail/8383288/news.livedoor.com

忍者のネタの基本的な構造はシンプルだ。漫才の冒頭、酒井健太が「僕、忍者になって巻物取りに行きたいなと思ってて。平子(祐希)さん、城の門番やってよ」と相方に話を切り出す。一般的な漫才の流れでは、この提案に平子が同意して、2人の漫才内コントが始まるはずの場面だ。
 
 ところが、それを聞いた平子は軽蔑したような表情を浮かべて「じゃあ、お笑いやめろよ」と切り返す。大方の予想を裏切って、平子は酒井の言葉を文字通りに解釈して、芸人の道を捨てて忍者になろうとする酒井にくどくどと説教を始める。

記事では「脱臼」と書いているが、これはメタな構造。
酒井は漫才としての条理を行おうとする。
しかし平子は一般的な常識(舞台の上では必ずしも常識ではない)を持ち出し、フィクションをフィクションとして扱おうとする。

舞台の上で漫才師は、ネタを演じている。
「はいどーもー。ちょっと皆さんに聞いていただきたいんですけどね、ボク美容師になりたくってですね。キミ、お客さんやってくれる?」
なんて言う会話は日常にありえない。
ステージに登場した瞬間に始まる舞台上のフィクション。
演じる側、観る側もみな「フィクションである」というコンテクストを共有するからこそ成立してる。
多くの漫才は、そんなフィクションの中のルールでボケ、ツッコミをいれる。

しかし最近こういうフィクションから外れるメタなネタが増えた。
フィクションをフィクションとして扱う。
舞台の上でフィクションを演じない漫才師を見せ、ネタをフィクションであるとあえて見せる。
そういった方向が、今のトレンドなのかもしれない。
  

ブパパブパパブパパ~

メイプル超合金の「ブパパブパパブパパ~!」でこれまで舞台に展開されたフィクションが一瞬で崩れ去る。
そのフィクション→メタ、で笑いに繋がる。
が、そこはM-1の評点としては厳しいかもしれない。
漫才の評価はそんなフィクション世界の完成度。

前回、ダブルボケという発明をした笑い飯が受賞したのだし、今度はハライチが延々ノリボケという新機軸で受賞してもいいかな、と思ったりしなくもない。
 
ただどのネタも毎度メタに終わらせる異形のネタ構造には、注目したいとマニアは思うのです。

言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか (集英社新書)

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