映画「ゴースト・イン・ザ・シェル」の欠落と失敗

ゴースト・イン・ザ・シェル (吹替版)

少佐(スカーレット・ヨハンソン)は人工の体に人間の脳を持つ第1号の軍事工作員。ある事件をきっかけに、自分を造り出した企業に嘘の過去を植えつけられていたことを知った彼女は事件の真相と自分の過去を解き明かすために突き進んでいく。

士郎正宗、押井守「攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL」の実写版として撮られた今作。
この年末にようやく観賞。
以下ネタバレ有りで感想を。

2017年最後の記事でございますれば。



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人間とAIの境界

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押井守「攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL」には「人形使い」という犯罪者が登場し、さまざまに事件を起こす。
その正体はプロジェクト2501と呼ばれる極秘計画によって作り上げられたプログラムと、そのプログラムがネットの海に触れ生み出された自我。
主人公 草薙素子は、擬体と呼ばれる機械じかけの体に脳など一部の肉体を移し、人間の自我が入ったもの。
だから擬体に入り込んだプロジェクト2501の生み出した自我「人形使い」と機械の体に人間の意識が入り込んだ草薙素子は相似形を成している。
人間の意識と肉体の結びつきが曖昧になることで、脳内を走る電気信号のノイズである自我とAIの境界が曖昧なのが露骨になる。
押井守の「攻殻~」は、そんな境界の曖昧さを描いた作品だった。

ハリウッド版「ゴースト・イン・ザ・シェル」ではスカーレット・ヨハンソン演じる少佐は、草薙素子であった記憶がなくそんな素子だった過去探しがテーマのひとつになる。
ハリウッドと言うか西洋的な映画というのはアイデンティティやバックボーンを必要としがちで、これは家族や経歴などの背景を描くことでキャラクターが重層的になるからだが、攻殻という物語と、このアイデンティティ探しは相性がよくない。

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なにせアニメの「攻殻~」では、人間の自我と電気信号とプログラムによる自我の境界の曖昧さを描くために、そこに人形ばかりを登場させる。
唯脳論の信者である押井守っぽい世界観。
空疎な人形という存在は、肉体の暗喩。

電気信号によって生み出される自我には、思い出や記憶すら同じ方法で捏造できる。
世界の認識はとても脆い。

ところがハリウッド版では、少佐が草薙素子であった過去、そして出生の秘密を探ることになる。
草薙素子、つまり生身の人間だったころの過去を見つけ、その母親に出会う。
こうなると草薙素子という存在は、一人の人間であり、義体化という人体実験の被害者という位置づけになってしまう。

そうなるとプロジェクト2501の生み出した自我を持つ人口知能「人形使い」はハリウッド版には登場させられなくなる。
映画の主題が、草薙素子のアイデンティティ探しである以上、そこに「人間と機械の曖昧さ」という主題は合わないし「人形使い」ではミスマッチ。
だからこそ敵となるのは、草薙素子と同じ「人体実験の被害者」という経歴を持つクゼという存在になる。

柘植とクゼ

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ハリウッド版の監督は押井作品が好きらしく、ところどころに他作品の影響が見える。
アヴァロンというキーワードが登場したり、クゼという存在も「人形使い」より映画「パトレイバー2 THE MOVIE」に登場する柘植に近い(名前も「ツゲ」と「クゼ」ですし)。

「パトレイバー2」において柘植という存在は、戦地への自衛隊によって戦争を経験し、戦争という現実をモニターの向こうに眺め安寧にある東京という街に「世界の現実」を知らせる。
告げに行く人→柘植行人

ハリウッド版に登場するクゼは草薙素子の過去と関連があり、それを(結果的に)知らせる存在として犯行の動機を「己を実験に使った復讐だ」と滔々と語り出す。
この演出が、実に安い。

時代劇でも、悪党が「はっはっはっ、これでお代官様の思い通りでございますなぁ」「越後屋、お主もワルよのぉ」なんて酒を酌み交わしながらわざわざ悪巧みを丁寧に説明してくれるのはとても古典的で非常にわかりやすいが、同時に安っぽい。
主人公が敵に捕まって「お前にわれわれの目的を教えてやろう!」といちいち時系列で解説してくれたり、崖の上に追いつめられた船越英一郎が人質にナイフをつきつけながら「オレを裏切ったあいつが悪いんだ!一年前のことだあいつは……」と語り再現VTRで動機とトリックを詳細に教えてくれるのも安い。


そもそも演出として、多弁な存在は心理的障壁がなくなる。
要は「話せるなら話してわかる」という意味であって、話さない・話せない・意思疎通できない存在は怖い。
「わかる」は怖くないが、「わからない」は怖いし不安になる。

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映画「パトレイバーTHE MOVIE」における天才プログラマー帆場は冒頭で自殺し、意思の疎通は一切できない。
生き残ったプログラムは自動的に犯行を行い、生前に仕掛けられたテロを実行する。
主人公 特車二課の敵は故人が残した「悪意」。

「パトレイバー2」の敵となる柘植とその部下は肉体を持つ存在だがほとんど登場しない。
たとえば柘植のいる埋立地に繋がる地下トンネルでは自動砲台
が敵になる。攻撃ヘリ ヘルハウンドも登場するがそのパイロットはほとんど描かれないし、柘植の部下は登場するにしても数カットだけ。
ニューヨーク中を巻き込む大規模テロをもしハリウッドで描けばテロリストと主人公の銃撃戦は当然あるだろうし、敵にも人間としての顔がある。
ところが「パトレイバー2」では人間として顔を持つ敵がほとんど登場しない。
一体、犯人がどれだけいるのか、何人なのか何十人なのか。
見ていても全くわからない。
首魁である柘植も、冒頭を除けば写真や遠方からのロングショットでしか登場しない。
ようやくまともに話すのは事件が終わってからで、ここで言葉を発するのは事件が終わったからだろう。

言葉を話す、意思疎通すればその存在は落ちる。
だからこそ柘植は話さないのだが、残念ながらクゼは多弁であって、悪代官と越後屋並に背景を教えてくれる。

ブレラン

わかりやすさを優先した結果、「復讐」と「アイデンティティ探し」という俗っぽい行動原理になったハリウッド版「攻殻~」
別物として観ればいいとも思うが、なら「攻殻~」である必要性があったのか否か。
キャストに関しては実写ならあんなもんだろう。
ブレードランナーに寄せたようなサイバーパンクな未来都市も相当。
クゼの復讐という動機もブレードランナーのロイ・バッティ(ルトガー・ハウアー)を意識しているかもしれない。
「攻殻~」と押井守っぽいものをごった煮にして造ったハリウッド映画と思えばそれなりに面白い。

ただ「攻殻~」の実写化と考えると換骨奪胎した結果、魂が抜け落ちた作品にしか思えない。


2017年も終わり。
それでは皆さま良いお年を。

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