こうして「エモさ」は歪んでいく

note.mu

エモさとは何なのか? Wikipediaには「感情が動かされた状態」、「感情が高まって強く訴えかける心の動きなどを意味する日本語の形容詞」と書いてあるけれど、いまいちよくわからない。

一方で、私の文章は、「エモい」と評価をもらうことが多い。謎めいた形容詞で言い表される文章とは一体どういうことなのか?

こんなことを書きながらも、自分自身、「あ、これはエモい」と思う作品に出合うことは多い。切なくて、妙に共感して、胸がざわつくあの感じ。単に甘美な言葉を羅列しただけでは、こんなに胸は動かされない。

エモい記事の書き方云々ってnoteがホテントリだったので読んでみたんだが、どうにも字面通りの「エモーショナルな」に引っ張られる形で単純に「少し臭い比喩表現がエモいのである」みたいな内容で、でもそれって最近言われる「エモい」と一致してるんだろうか?

「いまいちよくわからない」と書きながら「自分自身、「あ、これはエモい」と思う作品に出合うことは多い」と矛盾を無視して書いてしまう時点で、その「エモい」が既にズレているとしか思えない。

そもそも「エモい」はいわゆる(アメリカンな)ロック界隈の用語。
それが紆余曲折を経て、現在のような用法になったと考えられる。

「エモい」という表現自体が抽象的で漠然とした感覚的なものであるのは当然として、さらに使い手によって「どの時点でのエモか?」が変わる。
まさに、おまそう。
サブカルやオタクと同じく、原義を考えるのも無駄なバズワードではあるが。



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エモさの記憶

ロック少年だった自分は「エモい」という表現より「エモコア」としてのエモの方が早かった。
エモコア、とはエモーショナル+ハードコアの造語。

ジミーイートワールドやアット・ザ・ドライブ・インなどアメリカンなロック界隈を「エモコア」などと呼んでいた。
どんな感じか?と言われると実に難しい。
なにせ洋楽のエモは「言葉」ではなく音が「エモい」

参考にアット・ザ・ドライブ・インの名曲「One Armed Scissor」を貼っておく。
一番エモいのはサビのところ。
あとエモならThe Get Up Kidsははずせない。



個人的にこの時点での「エモい」は切なさを感じさせつつ盛り上がりが激しく、音はマッチョかつアメリカっぽい(英ロックではない)のが「エモ」だと思っていた。
歌詞は鑑みない。

歌詞なんて読まなくても「音」がとてもエモい。
「エモい歌詞」ではなく、鳴らす音がエモいからこそ「エモコア」とか「エモパン(エモーショナル+パンク)」なんてジャンルが出来上がった。

日本のエモ

さて、海外ではここからエモは、ゴシックと結びついたりして独自発展を遂げる。

一方、日本ではエモというジャンルが浸透し、これまた言葉面通りの発展をしていく。
エモなロックはいわゆる「感情的、情緒的」という意味性が強く、イースタンユースやブラッドサースティーブッチャーズなどが挙げられる。
熱く、激しいギターロック。
夢中で、まっすぐで、直情的で。
だからダサい。
しかしそれがいい。
吉野寿↑なんて、いつも首に筋を浮かべて坊主に汗をかいて熱唱してる。

ハイスタもエモいがメロコア(メロディックハードコア)とか呼ばれる。


海外ではエモとゴシックが結びつき、日本でいうエモとかなり分類が異なってしまったらしい。
日本ではヴィジュアル系とつながったゴシックが海外ではエモとつながる。
これは日本のいわゆるマッチョで熱情的なエモでは、なかなか考えづらい。


日本の音楽でのエモは、もはやジャンルというより「響きがエモい」や「音がエモい」など様々な使われ方をしてる。
そもそも漠然としたものだっただけにどんな使い方をしようが大ハズレではない。
ただ、単に感情の起伏があるものを指して「エモい」というのは流石におかしいが。


海外のおいての初期「エモ」とゴシックなどに結びついての「エモ」
日本のロックにおいての「エモ」
さらにそこから派生した言葉における雑なバズワードとしての「エモ」

もともとエモなんて雑な言葉だが、それがさらに雑に使われることでなんでもかんでも感情的な機微があれば「エモい」などと言われるようになった現状。
BiSHだって(一応)アイドルだが「エモい」なんて言われる。

すっかり歪みまくった「エモい」を、今度は「エモい書き方」などと称して雑に定義する。
これはいったいぜんたいなんだろう。

これは、大人になることを描く抽象的な話に、お酒の具体名を置くと、エモくなるという計算のもと作った。ただ、この場合、ハイボールは個々の思い出を想起させる具体性と抽象性のバランスを見た。

通り沿いの雑多な居酒屋で、夜風に吹かれながら飲むハイボールは最高だ。
冒頭はこう始め、文中では氷が溶けたり、ジョッキを鳴らしたり、何度かハイボールを彷彿とさせる表現を置いている。

「お酒」という言葉だけではエモが足りない。ワインも違うし、カルアミルクでもなく、選ぶべきはハイボールなのだ。

ここで「角ハイボール」や「トリスのハイボール」といった商品名をいれてもよかった。でも、居酒屋で注文する時、商品名は気にしないし、微細で余韻が残らない。名詞が持つパイにあわせて、ピントを調節していくように言葉を選ぶ。すると、なんとなくエモさが生まれる。

これら文章をエモいと判断するかしないかは、結局のところ読み手に委ねられるので、「これが絶対的な方法です」とは言えない。そして、「”固有名詞”×日常感」というやり方も、エモさを生むひとつの手段でしかない。違うやり方もある。
エモい文章の作り方|嘉島唯|note

さて、「エモい」が現在どんな歪み方をしているか定かではないが、原義とされるロックでアメリカンなエモさからすれば実に的外れな話。
これじゃあ、まるでサブカルじゃあないか。
ここで描かれる「エモさ」と称する描写から強く匂うのはサブカルにおける「っぽさ」としか思えない。
薄い、ペラい。
エモーショナルの根本である「熱さ」こそ肝心なのに、このnoteには熱量がどこにもない。
「サブカルっぽい」ってんなら大いに首肯するが、「エモい」とはこれいかに。

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イースタンユースなエモさからすれば、酒は一升瓶を煽り、死んだ友人を弔うため、独り明け方の道を裸足で走るのがエモい。
漫画で言えば新井英樹や島本和彦こそがエモい。
WIMのもんちゃんは、とてもとてもエモい。
花村萬月や町田康がエモい。

もし文章であれば、気取ることなく、たとえ下品であっても、汗をかき恥部を晒し、人間である自分を隠すことなく、脳で考えたそのままの速度でキーボードを叩き、唾棄すべき表現であっても強い表現も入れ込み、書き手の熱量が読み手に伝わるような。
そういう文章を「エモい」と呼ぶんじゃないだろうか。

もちろん言葉は変化するものだ。
だから、もしかすると今の主流はオシャレサブカルと融合した(もはや原義など跡形もない)「エモさ」こそが正しいのかもしれない。
だが手前勝手な定義の果て、無手勝に歪みまくった挙句産まれた鵺。
そんなエモさはいらない。
「エモさ」という言葉である必要性がない。

少なくとも言葉を使う人種であればその「歪み」に抵抗を感じてなんぼだろうに。
言葉に対する鈍感さからして、エモさを全く感じない。
どこがエモい文章の書き方なんだか……クラクラするよ。


お、HUSKING BEEの新PVにパン(BiS)が出てる。
では、またいずれ。

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