ドブネズミは汚いからこそ美しい、 パンクは最低だからこそ最高

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私が意外に思ったのは、「パンクをこき下ろすとは何事か」とか「パンクは最低ではない」といった意見も少なからず含まれていたという点である。彼らは自分たちのことを健康的で道徳的な存在なのだと口々に主張していた。「がんばって働いてる」「税金払ってる」「福祉なんて求めてない」と彼らは言っていた。それが私の目には奇妙に映った。繰り返すが、パンクとは最低なものである。そして、最低であるからこそ輝くカルチャーなのだと私は思っている。パンクがパンクである条件とは、「自分が最低であることを手放さない」ことなのだと私は思っていた。パンクはアウトサイダーの味方であり、自発的なアウトサイダーである。パンクは多数派が顔をしかめるような異質な存在であり続けることで、多数派の価値観に疑問を投げかけ、相対化し、破壊し、新たな世界の可能性を提示し続けるものである。

音楽の記事が続きますが、今日はパンクですか。。。

にしても、これはすごい。
自分はかつてパンクにどハマりしてロックの門戸を叩いた人間のひとりとして、樋口氏のこの見解と同じだし、正直、これでないならパンクはなんだというのか?
どこで間違ってしまったのか?

「パンクをこき下ろすとは何事か」とか「パンクは最低ではない」といった意見

これを言ってる輩っていったい何を聴いてきたんだろうか?
具体的に名前を挙げろ。

にしても樋口氏のツイートにぶら下がってるリプ欄の荒れっぷりがひどい。
ツイートにリプ飛ばして絡んでるバンドマンいるけど、お前のどこがロックなんだよ。
やってることが全然ロックじゃねぇだろ。

マジでパンクロックは腐ってるらしい。
...いや、腐ってる、は正しくないか。
浄化されてしまった、が正しいか。

パンクが綺麗にクリーンアップされてしまうなんて。
お行儀よく、誠実なパンクなんてジャンルとして、もう死んでる。
よりによって一番クリーンになっちゃいけないジャンルだったはずなのに。

「パンクとは〇〇である」のテンプレみたいなことをツイートしたら炎上するっていうのは、理解し難いというか、つまりパンクというもののパラダイムシフトが(日本の)どこかで起きてしまったのかも知れない。
数十年前、パンクにどハマりしていた人間からさせていただくと隔世の感がある。


GOD SAVE THE QUEEN

失業率が凄まじく高い1970年台半ばの英国。
マルコム・マクラーレンが経営する店でだべっていた連中を集め作り上げたのがセックスピストルズだったなんてのは今さら書くまでもないはずだった。

当然の如くピストルズは失業保険でメシを食っていたし、それでも女王に中指を突き立てた。
最近「ロックに政治を持ち込むな」云々言う勘違い野郎もいるが、ロックに政治を持ち込んだからこそパンクというジャンルを作り上げたとも言える。

ただマルコム・マクラーレンって男は政治思想なんかよりもよほどショーマンであって、今でいえば炎上商法のようにピストルズを作り上げ、衆目を集める方法としたし、これがパンクロックのテンプレートになったのは間違いない。
そこに深い政治思想なんてないからこそ失業保険をもらいながらアナーキズムを気取れる。

ここでいう「ロックのパブリックイメージ」が、そんな1970年台英国パンクのパブリックイメージだったろう。
ピストルズはその勢いのまま解散し、その影響を受けニューウェーブやポストパンクが続くことになる。

これに対して「たしかにオリジナル・パンクはそうかもしれないが、ハードコア・パンクはそうではない」という意見が見られたが、ハードコアにおいても原理は同じだと思う。「役立たずで何が悪い! 俺には俺の生き方があるんだ!」と、多数派に対して問うそのアティテュードこそがパンクなのであり、そのアティテュードの先にあるのが、ハードコアが先鋭化させたDIYストレート・エッジのカルチャーなのだと私は理解している。そしてFugaziのイアン・マッケイはその先鋭化の「過程」こそを愛したパンクスなのであり、様式化した「結果」については拒絶した。イアン・マッケイにとってパンクとはアティテュードであり、固定化したスタイルなどではなかった。

こちらもその通り。
いわゆるフガジやその前身となるマイナスリートも一時期かなり聴き込んでいたが(あのジャケットがカッコ良すぎる)、そこにはパンクに通じるアティテュードがあったからこそであるし(特にイアン・マッケイはそういったことを感覚ではなく思考で行うタイプだと思うので)パンクを祖とし、枝分かれしていったジャンルにおいてもそこに同根のアティチュードがあるからこそ祖であると言えるし、逆にいえばそのアティチュードがないならそのジャンルはもはや形骸化した呼び名に過ぎない。

正直、ジャンルというのは雑誌社のライターや音楽の売り手がわかりやすくするための呼び名でしかなくて、やってる形式がどうあれそこにアティチュードがあればロックだし、アティチュードがあればパンクなんだと思ってる。
内田裕也がかつてバラエティ番組で三つ編みにして見せたがその理由は「ロックだから」だった。
まさにあれこそが誰もやらないことをやる、面白そうだからやる、規制の枠に囚われないロックのアティチュードを実践してた。

吐き気がするだろ

ところが日本でパンクというと随分とイメージが違ってくる。

日本の黎明期で言うとINUルースターズの存在が大きかったろうが、やはりメジャーになったのは1987年デビューのブルーハーツ、そして1989年に始まったイカ天によるバンドブームの盛り上がり。
雨後の筍の如く様々なバンドが結成され、ライブハウスシーンが盛り上がった。
バンドマンがテレビに出演、歌謡曲に並んでバンドがお茶の間に登場するようになる。

ブルーハーツはいわゆるパンクの反社会的なアティチュードを持ちながら(「チェルノブイリ」「1000のバイオリン」などなど)青春の時期にありがちなモヤモヤややるせなさを融合させた。
反社会的なパンクロックに若さとリビドーが加わり「青春パンク」はある種、日本のパンクの特徴になっていく。

ただ少なくともジョン・ライドンヴィヴィアン・ウエストウッドのようにパンクに年齢は関係ない。
逆らうのは若者の特権でないのは戦車で爆走したヴィヴィアンおばあちゃんを見てもわかる。
そしてパンクはアナーキズムを叫びつつ、金儲けだってする。
アナーキズムを叫ぶし、あらゆるものに中指を立てる。
でも政府を倒そうとするわけじゃあない。
それはマリリン・マンソンがいくらアンチクライストを掲げようが犯罪に手を染めないのにも似ている(マンソンの場合、オジー辺りの影響も大きいだろうが)。

1970年代から続くパンクの持つ、カオスや矛盾や内在する二律背反こそがパンクの持つ力だし、音楽やロックですらシニカルに扱うニヒリズムな視点を持つからこそパンクは素晴らしかった。

ドブネズミは汚いからこそ美しい。
パンクは最低だからこそ最高。

こんなことは今さら語るまでもないはずだった。


PUNK IS FU○K'IN NEVER DIE

今の日本において「ロック」と言う言葉は単にバンドサウンドだけを指す。
聞いてみると歌詞も内容はポップソングと大差ない。

ロックってのは形式じゃなく、そのアティチュード。
愛とか恋とか歌うのはいいが、そこにロック特有のアティチュードがなければ、それはバンド形式のポップスでしかないと思うんですがね。

今回の樋口氏への反応を見る限りそうじゃなくなってしまったらしい。
ジョー・ストラマーも草葉の陰で泣くしかないわ。
パンクもヌルくなってんなー。

今や渡辺淳之介のやってるWACKの方が、そこら辺のバンドよりよほどロックだし、パンクですよ。
アイドルの現場の方がよほどマッチョだし、そこにアティチュードがある。
楽器を弾けなくても、若い娘でも、ろくなポリシーもないナンパなバンドより、よほどロックだし、よほどパンク。

以前、旧BiSの現場行ったら客層がoiパンクそっくりでしたからね(汗
あれはヤバかった...。

「パンクロックは最低」を理解できないということは、セックスピストルズは英国女王を支持してると思って「GOD SAVE THE QUEEN」を聴いてるとか?!
マジで?!!!
いやいや、ありえんだろ。

そんなパンクのアティチュードを引き継いだモリッシーが結成したのがザ・スミスだったし、モリッシーは未だにパンク魂を持ち続けてる。
フジロックをドタキャンして、そっくりさんがやってきた時のことは忘れてないからな....



「パンク聞いたことあんのか?」とか「ロック知ってんのか?」ってツイートしてる人らって、ダムドやピストルズやヴェルヴェッツ、ストゥージーズとか、要はニューヨークパンクとかロンドンパンク一通り聴いて理解してその上で書き込んでんのかね?マジで。

ロックは変わったとか、昔とは違うとか。
それはロックじゃないものをロックと呼んでるだけでしかないのに。
ロックっぽいバンドを、バンドだというだけでロックと呼ぶこと自体が勘違いなのに。

とても残念ですが、日本のロックも、パンクも、(その形式以外)もう死んでいるのは間違いない。
もう彼らにとってパンクもロックもすべてクリーンなモノなんですよ。

またRATMのこの曲貼らなきゃならない。

ラモーンズマニア

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  • アーティスト:ラモーンズ
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Damned Damned Damned

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